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催眠アプリなんてあるわけない?

作者: 西山景山
掲載日:2026/08/05


「ほい愛しの大親友、これ見て」


 誰もいなくなった放課後の教室で勉強をしていると、視界の端からぬっとスマホが現れた。

 スマホの画面の中では白と黒がぐるぐるしている。長時間見ていると気持ち悪くなりそうだ。


「なんこれ」


「あなたはだんだん眠くなる!! ねむくなーる!!!!」


 俺の疑問を無視して眠らせようしてくる女の名前は、斎川花凛(さいかわかりん)

 クラスメイトであり、不本意ながら俺の大親友でもある。


「誘導と声量が相反してるな」


「あれ、眠くならない?」


 俺に向けられていたスマホの画面を見て、きょとんと首をかしげる花凛。


「ならない。むしろさっきより目が覚めた」


「ちぇー、おもんねー男」


「うるせえ、おもしれー女。で、それ何?」


「催眠アプリ」


 花凛の口から放たれた言葉に一瞬耳を疑う。


「......催眠アプリ?」


「そう、催眠アプリ。エロい事できるやつ」


「その使用用途に関しては審議だが。ほんとにあんのな、そういうの」


「9割偽物だろうけどね」


「時間停止モノも9割は偽物だしな」


「? 何の話?」


 伝わらなかったか。よし、誤魔化そう。


「ナンデモナイヨ。そんな事より、何で急に催眠アプリなんか出してきたんだ?」


 花凛は人差し指を顎に当てて、首を傾ける。


「んー、面白そうだったから?」


「そんな理由で大親友を催眠しようとするなよ」


「あはは、ごめんごめん。お詫びに、私に催眠かけてもいいよ?」


 そう言って、花凛は手に持っているスマホを俺に差し出す。

 

「......偽物の催眠アプリでどうやって催眠かけるんだよ」


 少しドキッとしたが、あまりに非現実すぎる誘いに俺の理性は揺るがない。


「眠らせるのがうまくいかなかっただけかもでしょ。ほら、やってみて」


 無理やりスマホを握らされた。


「......エロい事するかもだぞ?」


「ほー、たとえば?」


「夕焼けの帰り道。一台の自転車に乗る二人。一度しかない青春の坂道を駆け降りる」


「うわ、エモ」


「何でこんな事もできないんだ!? 俺のペースに合わせて俺の言った通りに動け!!」


「うわ、エゴ」


「1603年から1868年」


「うわ、江戸」


「女子の脱ぎたてのタイツすーはーしたい」


「キモ」


「辛辣だな。......本当に掛けていいんだな?」


「ほい。ばっちいのこい」


 ファイティングポーズを決める花凛。


「ばっちいのはやだな。はい、画面よく見て」


「ほい」


「集中して。この画面の中に入り込むくらい集中して」


「ほい」


 画面を花凛に向けながら、それっぽい事を言う。


「......掛かったか?」


「うぷっ、ちょっと気持ち悪くなった」


「え、俺が?」


「それは元から」


「泣くよ?」


「冗談だって。今まで私が君に本気で悪口を言った事があったかい?」


 ......記憶を遡る。


「そもそも、お前との思い出なんて一ミリもないな」


「うわーん!! そんなこと言うなよおお!!」


 泣き叫びながら肩を掴まれる。


「うわ、鼻水ばっちい」


「鼻水ばっちいこーいだろおお!!」


「やだよ。まあとにかく、このアプリは偽物だったということで」


「えー、まだ分からないじゃん。もしかしたら既に催眠かかってるかもでしょ」


「催眠かかってるやつは普通に会話できないと思うんだが?」


「いいからいいから。なんか私に指示してみて」


 素直に引きそうにないため、仕方なく花凛に指示を出すことに。


「......拍手をしてください」


「パチパチ!!」


 花凛は元気に手を叩いた。


「立ち上がってジャンプしてください」


「ぴょんぴょん!! おお、かかってるね!!」


 花凛は元気に跳び上がった。


「......いや催眠関係なく、ただ指示に従ってるだけだなこれ」


「えー、かかってるって」


「だから、催眠にかかってるやつはそんな普通に受け答えしないんだよ」


「うーん。じゃあ、普段なら絶対に従わないようなこと命令してみてよ」


「たとえば?」


「そりゃエロいことでしょ?」


「......いいんだな?」


 花凛は俺の質問に数秒考える。


「......やっぱなしで」


 そして、日和った。


「懸命な判断だな。......じゃあ、目の前に見える物全てがピーマンに見えるようになる」


「......ならないね」


「じゃあ、目の前に見える物全てがケーキに見えるようになる」


 まあ、これもなるわけないが。


「......」


 と思いきや、火凛の様子がおかしい。目のハイライトがなくなっている気がする。


「花凛? 聞こえてるか?」


「がぶ」


 気づけば、花凛が俺の頭にかぶりついていた。


「は」


「ケーキ食べるううう!!!!」


 何と本当に本当に催眠がかかってしまったらしい。俺の頭がケーキに見えている様子。


「ちょ、放せ!! は、な、せえええ!!!」


 てか、これどうやって解除するんだ!?


 見よう見まねで、もう一度スマホを花凛に向けて叫ぶ。


「催眠、解除!!」


「......」


 花凛が止まった。目にハイライトが戻る。


「なんで私、君の頭に噛み付いてんの?」


 どうやら解除できたらしい。


 とりあえず離れてもらった。


「このアプリ、まじで本物なのか?」


「だからそう言ってるじゃん。まあ、かかる時とかからない時があるけどね」


 かかる時とかからない時の違い、ね。


「......思うに、催眠にかけられる本人の願望に命令が近いほど、催眠にかけられやすくなるのではないかと」


「なるほど?」


「俺が眠らなかったのも寝たいわけじゃなかったからで、花凛はケーキは好きだけどピーマンは嫌いだから、とか」


「本人の願望に近いほどかかりやすい、か。じゃあ、私も催眠かけていい?」


「......変なことすんなよ」


「しないしない、私を信じなさい。はい、じゃあよく見ててね」


 スマホの画面が俺に向けられ、花凛が何かを言う。


()()()()


◇◆◇◆◇◆◇◆


 誰もいない放課後の教室。気づけば目の前にはクラスメイトの女子、斎川花凛がいた。クラスメイトとは言っても、一度もまともな会話をした覚えはない。そんな彼女がなぜ、俺の目の前で俺をじっと見ているのだろうか?


「ねえ」


 ()()()()は手に持っていたスマホを制服のポケットに入れて、僕にこう言った。


「私と友達にならない?」


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