第五部 第十二話 悠馬、見えていなかったもの
ゆうまはきがついた(ピコーン)
それは、強い言葉ではなかった。
怒号でも、
抗議でも、
告発でもない。
むしろ、とても静かな一言だった。
「……もう、聞かなくなりました」
会議の終わり際、ふとした雑談の中で出た言葉。
誰に向けたものでもない。ただの事実報告のような口調。
「何を、ですか」
反射的に聞き返すと、相手は一瞬、言葉を探した。
「質問です」
短く、それだけ言った。
僕は、その意味を理解するまでに少し時間がかかった。
「……聞いても、意味がないと思われている、ということでしょうか」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
相手は、肯定も否定もせず、曖昧に笑った。
「そういうわけじゃ……」
だが、続きはなかった。
その場は、それで終わった。
会議室を出て、廊下を歩く。
頭の中で、言葉を反芻する。
ーーー聞かなくなった。
質問は、減っていないはずだ。
必要な確認は、来ている。
資料も、共有されている。
なのに。
『聞かなくなった』
それは、事実だった。
自席に戻り、端末を開く。
最近のやり取りを遡る。
確かに、形式的な質問はある。
しかし。
以前あったはずの、
「これでいいですか」
「少し不安です」
「迷っています」
そういう言葉が、消えている。
判断は、速くなった。
修正は、少なくなった。
結果は、出ている。
それなのに、空気だけが、薄い。
「……」
そこで、初めて思った。
自分は、“答え”しか見ていなかったのではないだろうか。
答えに至るまでの、
逡巡。
不安。
迷い。
それらを、“無駄”として切り落としていたのではないか。
でも。
切り落としたつもりはない。
求められれば、答えていた。
聞かれれば、説明していた。
それでも、”聞かれなくなった”。
その理由を、僕は今まで考えなかった。
考える必要がないと思っていた。
正しさは、伝わるものだと信じていたから。
その時、ふとノアの顔が浮かぶ。
ーーーみんなが同じように見えてるわけじゃない。ーーー
あの言葉。
当時は、理解したつもりで流した。
だが、今なら分かる。
“見えない”ことより、“見えないと言えなくなる”ことの方が致命的だ。
質問がないのは、理解したからではない。
『諦めたからだ。』
そこまで考えて、胸の奥が静かに沈んだ。
これは、失敗ではない。
数字は合っている。結果も出ている。
それでも。
”僕は、一つの層を見失っていた。”
理解できない人。追いつけない人。
彼らを否定した覚えはない。
でも、否定しなかったことと、救い上げたことは同義ではない。
「……なるほど」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
これは、自分の敗北だ。
正しさの敗北ではない。
”視野の敗北”だ。
自分は、全部を見ているつもりで、“見えるものだけ”を見ていた。
その事実に、ようやく辿り着いた。
椅子に深く座り、目を閉じる。
怒りはない。自己嫌悪もない。
ただ、静かな疲労。
そして、一つだけはっきりしたことがある。
このままでは、人の上に立つ資格を失う。
失うのは、信頼ではない。
『声だ。』
もう一度、拾わなければならない。
自分には見えないものを見ている誰かと。
そのために、必要な存在が、一人いる。
細くて、正しくて、
でも、人の感情を拾えない自分の隣に。
“翻訳者”が。
目を開ける。
端末に、ノアからの短いメッセージが届いていた。
『今、少し話せますか』
僕は、しばらくその文面を見つめてから、ゆっくりと返信した。
『ああ。来てくれ』
初めて、”自分から声を求めた瞬間”だった。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




