第5部 第九話 悠馬、噂が、完全な形で届く
ある意味あってるかもしれないアンドロイド説。悠馬君そこは怒るとこだよ?
それは、対策会議でも、報告書でもなかった。
もっと、無防備な形だった。
午後の遅い時間。
オフィスの一角で、誰かが資料を落とした。
「……あ、すみません」
拾おうとして、別の声が重なる。
「佐伯さんってさ」
唐突だった。
「最近、ちょっと怖いよね」
冗談めいた口調。
軽い笑い。
でも、そこで止まらなかった。
「判断は正しいんだけど」
「正しすぎるっていうか」
「感情がない感じ」
別の声が続く。
「人の心、分からないタイプでしょ」
「だから、ああいう決断ができる」
僕は、その場を離れなかった。
逃げる理由が、見つからなかった。
「……あれ、アンドロイド説、聞いた?」
誰かが笑いながら言う。
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「感情が薄いから、疲れない」
「だから、平気で切れる」
切れる。
何を?
首を傾げたくなるのを、必死で抑える。
「しかもさ、説明しないじゃん」
「分からない人は、最初から相手にしてない感じ」
説明しない。
……している。
資料も、会議も、質疑も。
でも、その反論は、喉の奥で止まった。
これは、事実の話ではない。
「若いし」
「エリートだし」
「オックスフォードのPPEでしょ」
言葉が、次々と重なる。
「どうせ、現場とか分からないタイプ」
「机の上で全部決めてる」
それは、明確な否定だった。
”人格”への。
僕は、静かに息を吸った。
怒りは、湧いてこない。
困惑も、ない。
ただ、”理解できない”。
なぜ、そうなる?
正しい判断をした。
説明もした。
時間も与えた。
それなのに、なぜ“人間じゃない”になる?
会話が、僕に気づいて止まる。
「あ……」
「佐伯さん……」
気まずい沈黙。
「……続けて」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
誰も、続きを言わない。
言えない。
僕は、ゆっくり頷いた。
「分かりました」
何が、分かったのかは、自分でも分からなかった。
自席に戻る。
椅子に座り、端末を開く。
業務連絡。
進捗。
数字。
すべて、
いつも通り。
”だからこそ、異常だった。”
噂は、止められない。
否定しても、
説明しても、
訂正しても。
なぜならこれは、業務の話ではない。
これは、“感情の逃げ道”だ。
人は、理解できないものを怖がる。
怖いものを、怪物にする。
そうすれば、自分が置いていかれた理由を外に出せる。
「……なるほど」
小さく、呟いた。
ここまで来て、ようやく一つ理解したことがある。
”これは、仕事として処理できない。”
切り捨てたわけではない。
否定したわけでもない。
それでも、人は“切り捨てられた”と感じる。
その感覚は、
数字でも、
理屈でも、
潰せない。
端末に、メッセージが入る。
父さんさんからだった。
「……だいぶ、回ってるな」
短い一文。
その裏にある意味が、痛いほど分かる。
「……そうですね」
返事を打って、送信する。
胃が、静かに痛んだ。
だが、薬は飲まなかった。
今は、効かない。
これは、胃の問題じゃない。
自分の立ち位置の、問題だ。
僕は、画面を閉じた。
正しいことをしても、嫌われることがある。
それは、理解できる。
だけど。
正しさが、”人間性の否定に変換される”。
その仕組みだけが、どうしても、腑に落ちない。
椅子にもたれ、天井を見上げる。
「……なんで、こうなる」
今度は、心の中で言った。
答えは、出ない。
ただ一つ、確かなことがある。
ここから先は、”一人で立ち続けるほど、危険になる”。
それを、まだ誰にも説明できないまま。
僕は、また次の会議へ向かった。
噂は、完全な形で、僕に届いた。
ーーーそして、まだ終わっていない。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




