第五部 第八話 ノア、言葉が、勝手に歩き始める
ノアは思ったことを悪気なくそのまま口にします。ある意味爆弾男です。困ったものです。
その場では、特に何も起きなかった。
誰かが笑って、
誰かが話題を変えて、
現場はそのまま動き続けた。
「……?」
ノアは、少し首を傾げた。
自分は、何かおかしなことを言っただろうか。
“分からないなら聞けばいい”。
そう言ったつもりだった。
事実だ。兄さんは、聞けば答える。
整理してくれる。
拒んだところを、見たことがない。
だから、当たり前のことを言っただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
でも。
数時間後、
別の部署を通った時、
空気が、わずかに違っていた。
声が、低い。
話していた人間が、ノアに気づいて言葉を切る。
「……ノア様」
笑顔はある。だけど一拍遅れる。
その一拍が、引っかかった。
翌日。
書類の受け渡しの途中で、耳に入った言葉。
「……ああいう考え方、やっぱり“佐伯さん寄り”なんだな」
「若いのに、割り切り早いよね」
「ついてこれない側の問題、ってやつ?」
ノアは、足を止めなかった。
だけど、胸の奥で、何かが静かに沈んだ。
ーーーあれ?
それは、自分の言った言葉の“要約”だった。
でも、自分の記憶にある言い方とは、少し違う。
もっと、角が立っている。
もっと、突き放している。
端末を見ると、メッセージが一件届いていた。
「昨日の件ですが」
「“分からない側が悪い”という理解でよろしいですか?」
ノアは、思わず画面を見つめた。
そんな言い方は、していない。
少なくとも、そのつもりはなかった。
「違う」
そう返そうとして、指が止まる。
違う、でも、どう違う?
“聞けばいい”それ以上の言葉を、
自分は用意していなかった。
説明しなかった。
補足もしなかった。
だから、受け取った側が、勝手に続きを書く。
ノアは、初めて気づく。
言葉は、発した瞬間から、自分のものじゃない。
殴っていないのに、似た感覚が、胸の奥に残る。
ーーーあの時と、同じだ。
兄さんを守ろうとして、結果として、余計な火種を残した。
「……」
ノアは、拳を握らなかった。
その代わり、唇を噛んだ。
兄さんに、言うべきか。
言ったら、どうなる?
兄さんは、“処理”しようとする。
でも、これは仕事じゃない。
噂は、人の心に刺さる。
そして、その刃先には、自分の言葉が使われている。
「……俺」
小さく、呟く。
「また、余計なことをしたのか?」
答えは、まだ出ない。
ただ一つ分かるのは。
”何もしていないつもりでも、何かは、確実に動いている。”
そしてそれは、自分の手から、もう離れつつある。
ノアは、兄のいる方角を見た。
言葉を、選ばなかったこと。
選べなかったこと。
その違いが、今はまだ、よく分からない。
けれど。
このまま放っておけば、兄さんが、一人で背負う。
それだけは、はっきりと分かった。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




