第四部 第九話 佐伯拓海、聞こえてくる声
拓海さんは現場担当です。コミュ力鬼なので友人も多いです。
現場に顔を出す理由は、特別なものじゃない。
昔から、そうしてきただけだ。
書類だけ見ていると、分からないことが多い。
人の顔とか。
声の温度とか。
雑談の隙間に落ちている、“本音”みたいなもの。
だから、拓海は歩く。
現場を。
オフィスを。
会議室の外を。
「……お疲れ様です」
若い社員が、軽く頭を下げる。
「お疲れ」
いつも通り返す。
それだけで、会話は始まる。
「最近、忙しいですね」
「ああ」
「佐伯さんが全部見てるから、判断が早くて」
その言葉に、拓海は一瞬だけ立ち止まった。
表情は変えない。
「……佐伯?」
聞き返す。
「はい」
相手は、何気なく続ける。
「よく上司が口に出すんですよ。
“佐伯さんが言うなら”って。
すごい人ですよね」
すごい人。
それ自体は、何もおかしくない。
問題は、その“言い方”だ。
「……親戚か何かですか?」
軽い調子。
探るようでもない。
ただの、雑談。
「……まあな」
拓海は、それ以上言わなかった。
「でも」
相手が続ける。
「頭いいタイプですよね。オックスフォードでしたっけ?
現場、分からない人かと思ってたんですけど」
笑いながら言う。
悪意はない。
むしろ、感心している。
だからこそ、拓海は違和感を覚えた。
”評価が、人から肩書きに移っている。”
別の現場。
別の会話。
「今は佐伯体制で安定してますよね」
「ノア様がいなくても」
その一言が、胸に引っかかる。
否定しない。
訂正もしない。
ただ、覚えておく。
拾う。
……それだけだ。
夕方。
屋敷に戻る。
ウィルトシャーの空気は、ロンドンより少し重い。
「最近、順調だそうだな」
親族の一人が言う。
「佐伯が全部仕切ってると」
「ノアの評価が下がらないか?」
別の声。
「若い当主候補がいないと見られるのは、まずいだろう」
拓海は、曖昧に頷いた。
「エドは?」
「今、調整してる」
「政治的な付き合いも含めて」
家側は、“守り”に入っている。
ノアの将来。家の体裁。
それは、間違っていない。
だが。
現場で拾った声と、家で聞く声。
その間に、小さな溝がある。
夜。
エドワードの書斎。
「……最近な」
拓海は、切り出した。
「現場で”佐伯”の名前がよく出る。
まぁ、評価も高い」
エドワードは、頷く。
「それは良いことだ……。だが」
一拍。
「言い方が変わってきた」
「変わった?」
「“頼りになる”じゃない、
“あの人が決めるなら”だ」
エドワードは、少し考え込む。
「……それが、何か問題か?」
「まだ、問題じゃない」
拓海は、正直に言った。
「ただ…。このままだと…
佐伯は“理解できない存在”になる」
「理解できないものは、いずれ怖がられる」
エドワードは、黙った。
しばらくして、低い声で言う。
「……ノアが戻った時のために」
「現場は、ちゃんと残しておけ」
「分かってる」
それが、拓海の役目だ。
根回し。
顔出し。
雑談。
評価の流れを、完全に固定させない。
その夜。
拓海は、一人で考える。
悠馬は、間違っていない。
むしろ、正しすぎる。
だからこそ。
『正しさが、刃物になる。』
まだ、誰も切られていない。
だが、刃は研がれ始めている。
それに気づいているのは、今のところほんの数人だけだ。
拓海は、静かに息を吐いた。
「……間に合うといいんだがな」
誰にともなく、呟く。
不穏な空気は、まだ表には出ていない。
だが。
確実に、根を張り始めていた。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




