第四部 第三話 ノアと悠馬、分からないという壁
頑張れノア君まけるなノア君
最初に異変を感じたのは、ノア自身だった。
会議が終わったあと。
誰もいなくなった控室で、
資料を閉じた瞬間。
「……」
胸の奥に、小さな引っかかりが残る。
うまくいった。
評価も悪くない。
指摘もなかった。
ーーーなのに。
「……なんだ?」
何が、とは言えない。
ただ、「何かを見落とした」そんな感覚だけが残っている。
そこへ……。
「ノア」
背後から、兄さんの声。
「少し、時間ある?」
「……うん」
ノアは頷いた。部屋に二人きりになる。
沈黙。
この沈黙は、嫌いじゃない。
兄さんが何かを考えている時の、静かな間。
「今日の判断」
悠馬が口を開く。
「全体としては、悪くなかった」
ノアの肩が、ほんの少し緩む。
「ただ」
その一言で、また背筋が伸びる。
「三点、抜けてる」
「……え?」
即座に出た声。
三点?そんなに?
「一つ目」
悠馬は、資料の一箇所を指す。
「ここ。想定してる“協力度”が楽観的すぎる」
「……」
「二つ目」
別のページ。
「この条件だと、表では通るけど、裏で軋む」
「……」
「三つ目」
最後に、ノアを見る。
「一番大事なところ。“それが失敗した時、
誰が矢面に立つか”を考えてない」
ノアは、言葉を失った。
頭の中で、必死に考える。
ーーー考えたつもりだった。
ーーーちゃんと見たつもりだった。
「……でも」
ようやく、声を絞り出す。
「それ、全部起きる前提?」
「起きる」
即答。
迷いがない。
「起きなかったら、それでいい」
「でも、起きた時に備えてないのは“判断ミス”だ」
ノアの胸が、ちくりと痛む。
「……俺」
言葉を探す。
「そこまで見えてなかった」
「そうだね」
悠馬は、否定しない。
否定しないからこそ、余計に刺さる。
「……でもさ」
ノアの声が、少し強くなる。
「それって、最初から
全部見える人じゃないと無理じゃない?」
空気が、わずかに張る。
悠馬は、少し考えてから答えた。
「……見えるよ」
「……え?」
「見ようとすれば」
その言葉に、ノアの中で何かが引っかかった。
「……兄さん」
「なに」
「それ、簡単に言うけどさ」
ノアは、一歩踏み出す。
「俺、見ようとはしてる。ちゃんと、考えてるよ。
…でも、、、」
言葉が、少し乱れる。
「“分からない”ことが分からないんだ」
悠馬の視線が、微かに揺れた。
「抜けてるって言われて初めて、
そこに穴があったって気づく」
「……」
「それを」
ノアは、思わず言っていた。
「最初から全部気づけって言われても」
「……」
「正直、無理だよ」
沈黙。
悠馬は、すぐには答えなかった。
それが、ノアには少し怖かった。
「……ノア」
ようやく、悠馬が口を開く。
「俺は」
一拍。
「気づけると思ってる」
「……」
「今は無理でも」
「いずれ、同じように見えるようになると思ってる」
その言葉は、励ましのはずだった。
でも…。
ノアの胸には、重く落ちた。
「……それ」
小さく呟く。
「兄さんだから言えるんじゃない?」
悠馬が、はっとしたようにノアを見る。
「……どういう意味?」
「兄さん」
ノアは、目を逸らさず言った。
「兄さんができることって、
“普通の人がいつかできること”じゃないんじゃない?」
空気が、はっきり変わった。
「……」
悠馬は、言葉を失っている。
「俺」
ノアは、続ける。
「兄さんが見てる世界を“まだ見えてない”んじゃなくて、
“そもそも同じ角度じゃ見えない”気がする」
心臓が、どくどくと鳴る。
言ってはいけないことを言っている自覚はあった。
でも、止まらなかった……。
「それなのに…気づけ、分かれ、同じように見ろって。
……それ」
声が、震える。
「俺にとっては、結構きつい」
沈黙。
長い沈黙。
悠馬は、しばらく俯いていた。
そして、静かに言った。
「……そうか」
それだけ。
責めない。
怒らない。
だからこそ、ノアは余計に不安になる。
「……兄さん?」
「今日は、ここまでにしよう」
悠馬は、いつもの調子に戻っている。
「判断自体は俺が直す」
「ノアは、次に備えて」
「……」
ノアは、何も言えなかった。
悠馬が部屋を出る。
……一人になる。
ノアは、その場に立ち尽くした。
言ってしまった。でも、嘘は言っていない。
ただ。
胸の奥に、重たいものが残る。
兄さんは、自分が”どれだけ見えているか”を分かっていない。
そして。
自分は、どれだけ見えていないかをようやく自覚し始めた。
一方。
廊下を歩きながら、悠馬は小さく息を吐いた。
「……そうか」
心の中で、もう一度繰り返す。
ーー違うのか。
ーー同じじゃないのか。
自分ができることは、いずれ皆もできるものだと思っていた。
努力すれば。
考え続ければ。
でも。
ノアの言葉が、胸に残る。
「同じ角度じゃ見えない」
それが事実なら。
自分は今、無意識に無理な期待を押し付けているのかもしれない。
悠馬は、立ち止まる。
「……まずいな」
これは、小さな衝突だ。
でも。
放っておけば、必ず大きくなる。
まだ、爆発はしない。
でも…。
確実に、火種は生まれていた。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




