第三部 第十四話 初仕事と、その代償
悠馬君がダウンした時ノアはお姫様だっこで悠馬君を抱えて走っています。多分?
トップの初仕事の、その裏側
トップとしての仕事は、順調だった。
噂は落ち着いた。
外交的な評価は上がった。
ハミルトン家の空気も、
以前よりはるかに安定している。
「助かります」
「頼りになります」
「あなたがいてくれて良かった」
そんな言葉を、日に何度も聞く。
成功だ。誰が見ても。
ーーーだからこそ、誰も気づかなかった。
気づけば、僕の一日は隙間がなくなっていた。
朝は報告。
昼は調整。
夕方は連絡。
夜は資料。
どれも重要。どれも緊急ではない。
ただ、……僕がいないと止まる。
食事の時間は前後し、味を覚えていない日が増えた。
「……今は何時だ?」
時計を見る。深夜。
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ノック。
「兄さん」
ノアの声。
「……どうした?」
「今日、一緒にトレーニングしない?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……今日は、資料が」
「……そっか」
それ以上、何も言わなかった。
気を遣わせた。
………それが、何より痛い。
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翌日。
廊下で、凛と蘭の声が聞こえた。
「最近さ悠馬兄、部屋にこもりがちだよね」
「うん」
「声かけると“後で”って言う」
“後で”。
便利で、一番信用を失う言葉。
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夜。
一人で紅茶を淹れる。
砂糖を入れたかどうか、分からない。
「……あれ?」
同じメールを、二度読んでいる。
集中力が落ちている。
それでも、ミスはしない。
ーーーーそれが、
一番まずかった。
成果が出ている限り、誰も止めない。
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ジェシカ叔母様だけが、一度だけ言った。
「あなた、寝てる?」
「……はい」
即答。
嘘。
「量じゃなくて、質を聞いてるの」
答えられなかった。
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数日後。
会議中、ふと頭が真っ白になる。
「……?」
「悠馬?」
「……あ、すみません」
一瞬の空白。
誰も責めない。むしろ気遣う視線。
それが、怖かった。
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夜。
自室で、胃薬を取ろうとして、手が止まる。
「……これ」
引き出しの中に、整然と並ぶ薬の箱。
学生の頃は、一箱で数ヶ月もった。
今は、数週間。
ノアの顔が浮かぶ。
彼は、以前より静かになった。
僕が、前に出たから。
「……これで良かったのか?」
初めて、自問する。
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コツ…コツ ノックの音。
「少し、いい?」
菜摘母さんだった。
部屋に入ってきて、一目で分かったのだろう。
何も言わず、椅子に座る。
「ね」
静かな声。
「今のあなた、すごくうまくやってる」
褒め言葉。
でも、続きがある。
「でも、“暮らして”ない」
胸に、刺さる。
「トップはね、」
優しく言う。
「生活が壊れ始めた時、本当に壊れるの」
………。
「あなた、まだ戻れる。けど。
戻らなくていいから減らしなさい」
仕事じゃない。役割を。
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その夜。
久しぶりに、何もしない時間を作った。
何も読まない。何も考えない。
ただ、窓を見る。
怖かった。止まるのが。
でも。
「……ああ」
ようやく気づく。
「王様役」としての成功は、自分をすり潰す速度でもある。
だから、「王様役」は一人ではいけない。
それを知るための、最初の亀裂だった。
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『事件の日』
~午前~
ーーー悠馬ーーー
会議は、予定より長引いた。
外部団体。
内部調整。
緊急連絡。
頭の奥が、じん、と痺れる。
「……休憩を」
「大丈夫です」
反射的に答える。
それが、一番危険な返事だと知っていたはずなのに。
~同時刻~
ーーーノアーーー
兄さんが、今日大事な調整に入っているのは知っていた。
だから俺は、誰にも頼らず、自分でやろうとした。
「……兄さんの予定、一つ減らせませんか」
秘書に、そう言った。
「“トップの仕事”を一つだけ、後ろに回してもらえませんか」
丁寧だったと思う。
でも。
「申し訳ありません。
佐伯様が“全件自分で見る”と
指示されています」
……そうだ。
兄さんは、自分で逃げ道を閉じていた。
結局俺は、何もできなかった。
~午後~
ーーー悠馬ーーー
最後の会議。
議題は、さほど重くない。
……はずだった。
「佐伯様?」
返事をしようとして、言葉が出ない。
視界が暗転する。
「……?」
立ち上がろうとして、足に力が入らない。
「悠馬!」
誰かが呼んでる気がした。
次の瞬間……
床が、ひどく冷たかった。
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~夜~
ーーー悠馬ーーー
目を覚ますと、天井が白かった。
「……やってしまった」
最初に浮かんだ言葉。
横に、ノアがいた。
椅子に座ったまま、眠っている。
「……ノア」
すぐ、目を開く。
「……兄さん」
声が、震えている。
「……ごめん」
反射的に言った。
ノアは、首を振る。
「違う」
「俺が…守れなかった」
胸が、締め付けられる。
「ノア、君は何も悪くない」
「悪いよ」
強い声。
「分かってたんだ。兄さんが限界なの。
でも、俺止められなかった」
目を閉じる。
これが、代償だ。
守るために前に出て、守られる側を壊しかけた。
「……ごめん」
本心だった。
「……兄さん。俺、ちゃんと考える。
“トップになる”って、どういう事か。
兄さん一人にやらせない」
真っ直ぐな言葉。
「……ありがとう」
静かに言う。
「でも……
僕はもう、一人でやらない」
自分への宣言。
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僕の「王様」としての成功は、家を救った。
でも、私生活を壊しかけた。
その事実は、誰にも否定できない。
それでも。
「王様」は、倒れるとき、一人ではない。
それだけが、救いだった。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




