第四話 佐伯悠馬は、止めてしまった
悠馬はとうとう選んでしまったね
それは本当に些細な出来事から始まった。
ノアが八歳になったころの事だった。
僕は十三歳になったばかりだったけど、もう子供扱いされる年齢ではなかった。
屋敷の外で、小さな揉め事があった。
使用人の一人が外部の業者と口論になり、声が大きくなった。
………それだけだ。
本来なら、大人が出ていけば終わる話だった。
………そう、本来なら。
「なにやってるんだ!!」
その声を聴いた瞬間、嫌な予感がした。
………ノアだった。
裏庭から駆け出し、躊躇もなく間に割って入る。
相手は大人だ。しかも感情的になっている。
「この家で問題を起こすな!!」
ノアの声はよく通った。
堂々としていて、威圧感があった。
止まらない。
僕は、そう確信した。
「ノア!」
呼びかけても、聞こえていない。
相手の男が苛立ちを隠さず一歩踏み出した瞬間……
ノアの拳が動いた。
速かった。迷いもなかった。
父………拓海の教えがそのまま形になった動きだった。
周囲が凍り付く。
これ以上進めば取り返しがつかない。
「ノア、下がれ」
僕は、前に出た。
声は「自分でも驚くほど」落ち着いていた。
ノアの動きが一瞬だけ止まる。
「悠馬兄さん?」
「いいから。下がれ」
理由は言わなかった。説明もしなかった。
ノアは歯を食いしばり、拳を握ったまま僕を見た。
その目にあったのは怒りと、混乱と、「信頼」だった。
それが、すべてを決めた。
ノアは、一歩下がった。
その瞬間、空気が戻った。
大人たちは動き出し、問題は収束した。
誰も怪我はしなかった。騒ぎはなかったことにされた。
それでも………・僕の胃はしばらく痛んだ。
後で、裏庭に呼ばれた。
そこには叔父様と、父がいた。
二人とも何も言わなかった。
ただ………僕を見る。
次に、ノアを見る。
そして………互いに視線を交わした。短く、無言で。
それだけで充分だった。
あぁ………完成してしまった………
僕はそう理解した。
叔父様がゆっくりと口を開く。
「悠馬、よく止めてくれた・・・。」
父は、何も言わなかった。
でも、その背中は誇らしそうだった。
僕はその両方が、ただ重かった。
ノアは、その夜何も言わずに隣に座った。
「悠馬兄さん………」
しばらくして、ポツリと呟く。
「俺さ、考えなくたっていいんだって思ってたんだ」
僕は何も答えなかった。答えられなかった。
「だってさ、悠馬兄さんがいるから…」
その日から、ノアは暴走する前に僕を見るようになった。
僕が首を振れば止まり、黙っていれば進む。
それが……当たり前になった。
その夜、僕は一人で深く息を吐いた。
逃げられたかもしれない。
あの瞬間黙っていれば。
でも、止めてしまった。
止められてしまった。
だからもう、戻れない。
それでも………誰かが傷つくよりはずっといい。
そう思えるようになってしまった自分が、少し怖かった。
でも、それ以上に僕は知ってしまった。
『この家でノアを止められるのは僕しかいない』
そして、それを大人たちも理解しているということを。
あの時、二人の父親が無言で頷いた意味を。
AIアシスト作品です。




