第三部 第六話 退去通知、全方位メール、そして“ロンドン経由”捕獲戦開始
悠馬大王、捕獲されるの回
部屋を出る朝は、思っていたより静かだった。
オックスフォードで借りていた、小さなフラット。
机。本棚。椅子。
全部ーーー人で考えるための空間。
「……終わったな」
鍵を机に置き、最後に部屋を見回す。
ここで僕はただの学生だった。
そんなことを思いながらドアを閉める。
その瞬間。
ピコン。
スマートフォンが震えた。
……嫌な予感。
件名:Congratulations on Your Graduation!
件名:今後の進路について(至急!!)
件名:ご卒業後のご面談希望
件名:ポストの件、正式に
「……出た。社会」
金融。コンサル。政策顧問。研究機関。
全部、“今しかない”という顔をしている。
甘い。でも、分かりやすい。
ーー僕を“あちら側”に引っ張る気だ
「……なるほど」
既読。
返事はしない。
返事をした時点で、人生が動く。
そして追撃。
From:Edward Hamilton
件名:まずロンドンへ
短い。説明なし。
いや、説明をさせないタイプの短さ。
From:Jessica Hamilton
件名:ロンドンのオフィスを一度見ておきなさい
命令の顔をした“提案”。
From:Takumi Saeki
件名:ロンドンで拾う。迷うな。
父はいつも優しいのに、こういう時だけ軍人。
From:Natsumi Saeki
件名:ロンドン着いたら連絡してね(あと服、ちゃんと着て)
母は優しいのに、こういう時だけ全部見えてる。
「……え?」
僕はスマホを持ったまま立ち尽くした。
卒業して家に戻る前に、“ロンドン経由”が確定している。
誰も相談してない。
僕の意見、聞いてない。
なのに決定事項。
ーー包囲、早い。
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第一波:外部オファー(牙を剥く)
駅へ向かう間にも通知が増える。
オックスフォードの朝は穏やかなのに、
僕のスマホだけが戦場。
「自由裁量」
「若手抜擢」
「前例なし」
眩しい。
眩しすぎて目が痛い。
「……眩しさって、だいたい罠だよな」
自分で言って、胃がきゅっとした。
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第二波:ロンドン(“見学”の名を借りた回収)
オックスフォード駅。
改札。ホーム。
何も変わらない、いつもの風景。
ただ一つ違うのは。
僕の乗る電車が、“帰路”ではなく“誘導路”になっていること。
発車。窓の外が流れる。
ロンドンに着いたらどうなる?
いや、どうせ“どうなる”も決まっている。
だってメールがもう、そう言っている。
ロンドン到着。
人。音。匂い。速度。
オックスフォードの空気が一気に消える。
そしてーー
「悠馬」
聞き慣れた声。
目を上げると、タクシーの横に拓海父さんが立っていた。
手を挙げている。
完全に“迎え”の立ち方。
「……え?」
「お疲れ。とりあえず乗れ」
「え、あの、僕」
「条件付き帰還?」
「はい」
「知ってる」
父の「知ってる」は、
“だから従え”と同義語だ。
「まずロンドンのオフィス寄る」
「……え?」
「一回ちゃんと見た方がいいだろ?」
僕はゆっくり首をかしげた。
「え、なんで今」
拓海は肩をすくめる。
「知らん。エドが言ってた」
……出た。エド叔父上。
「……僕の意見は」
「今聞くと長くなるだろ?」
「……はい」
否定できないのが悔しい。
ロンドンのオフィス。
受付は無駄に綺麗で、空気が無駄に静かで、
そして僕の胃が無駄に痛い。
「ようこそ。悠馬」
エドワード叔父上が出てきた。
笑顔
やさしい顔
でも目が完全に“段取り”の目。
「……叔父上。これは」
「見学だよ?」
「今?」
「今」
……即答。
反論の余地、ゼロ。
僕が何か言う前に、叔父上は自然に隣に立った。
「ロンドンが今後の拠点になる可能性は高いだろう?」
“可能性”と言っているが、声が確信。
「君は視察が好きだ。分かるよね?」
分かる。分かるけど、
それを“今”に使わないでほしい。
「……あ、はい」
僕は観念した。
オフィスのフロアを歩かされ、
部署を紹介され、
会議室を見せられ、
“偶然そこにいる”人に挨拶させられる。
偶然なわけがない。
そして最後に。
執務室のドアが開く。
「お疲れ、悠馬」
画面越しでも分かる圧。
ジェシカ叔母様。リモート参加。
この人が関わった時点で、これは“見学”ではない。
「卒業おめでとう。……で」
にこやかに言う。
「どう?ロンドン」
質問の形をした確認。
答えたら、次の枠が決まるやつ。
「……活気がありますね」
「そう。活気があるの」
満足そうに頷く。
僕はここで悟った。
ーー僕を“動かす場所”を、先に見せたんだ。
逃げ道じゃなくて、囲い込みの地図を。
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第三波:車(“送迎”という名の最終確保)
エドワード叔父上が、さらっと言った。
「じゃあ帰ろうか」
「……帰る?」
「本拠地へ」
「……あの、僕」
条件付き帰還、という言葉を出しかけた瞬間――
「ロンドンに迎えに行くからさ!」
拓海が、明るい声で被せた。
明るいのに、逃げ道がない。
「……最初から迎えに来てましたよね」
「細かいこと言うな」
父の“細かいこと”は、僕の人生のことだ。
エド叔父上が運転手に目線を送る。
車が滑るように寄ってくる。
僕は、車に乗った。乗った瞬間、分かった。
ーーこれ、捕獲だ。
窓の外でロンドンが遠ざかる。
街が、建物が、速度が落ちていく。
そのぶん、胸の奥の“帰ってきた”が濃くなる。
「……僕、何かやらかしました?」
思わず聞く。
拓海が笑う。
「やらかしてない」
エド叔父上がやさしく言う。
「やらかしてないから、迎えに来たんだよ」
意味が分からない。でも、嫌な予感しかしない。
ジェシカ叔母様の声が、画面越しに落ちてくる。
「悠馬。条件は尊重するわ」
一瞬、安心しかけた。
「でも、戻る場所は用意した」
ーーはい、出た。
尊重=逃がす、ではない。
車は西へ向かう。
田園が広がる。
空が広い。
ハミルトン邸の門が見えるころには、僕はもう察していた。
これは“捕まる”話ではない。
全力で迎えに来られて、全力で連れて帰られる話だ。
条件付きであっても。王として。
「……うるさそうだな」
小さく呟くと、拓海が笑った。
「うるさいぞ」
エド叔父上も笑った。
「歓迎だからね」
胃がきゅっとした。
ーー悪くない。たぶん。
ロンドン経由の帰還は、思ったよりもずっと、逃げにくい形をしていた。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますのでよろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




