第三話 佐伯悠馬は、役割を知ってしまった
悠馬いよいよ逃げられない
叔父様ーーー
エドワード・ハミルトン伯爵という人は、何かを始めるとき、音を立てない。
大きな決定ほど、静かに、当然のように進める。
だから僕は、最初は気が付かなかった。
この家に
「もう一つの地獄の扉が開いた」
ことに。
ノアの動きが活発になっていった頃、僕は八歳になっていた。
凛と蘭は六歳。
凛は相変わらず元気で、
蘭は相変わらず動かなかった。
そしてノアは………
よく走り、よく転び、よく笑った。
見た目だけなら完璧だった。
金色の髪、紺碧の瞳、整った顔立ち、そして、エドワード叔父様によく似た笑顔。
中身に問題があることを知っているのはまだ僕だけだった。
「ノア!構えが甘い!!」
その声が屋敷に響くようになったのはいつからだったろう。
父ーーー拓海は、いつの間にかノアの隣に立つようになっていた。
木刀、素振り、走り込み……
場所は裏庭、時間は叔父様が不在の時。
………隠してる。
それだけは、子供の僕にもわかった。
「父さん……?」
ある日僕は思わず声をかけた。
父は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに笑った。
「おう!悠馬!いいところにきたな!」
いいところ、ではなかった。
ノアは額に汗をかいてニカッと笑った。
「なぁ悠馬!今の見たか?」
見ていた。見てしまった。
このまま育ったら止まらなくなる、という未来を僕はみた。
その夜、叔父様は何も言わなかった。
ただ、僕をいつも通り書斎に呼び、いつも通り質問をした。
「もし衝動で動く人間がいたら、君はどうする?」
僕はすこし考えて答えた。
「……………止めます」
「どうやって?」
「理由を…説明します」
「では、理由を聞かない相手だったら?」
その時浮かんだのは、ノアだった。
「………止めるしかないです」
「そうだな」
叔父様は満足そうに微笑みながら頷き言った。
「君にしかできない役割がある」
その言葉で僕の背中にはっきりと鎖がかかった。
ジェシカ叔母様はこの事を知っているのか、いないのか・・・
僕はわからなかった。
でもある日食事の席で僕の顔をじっと眺めて言った。
「悠馬、あなたずいぶん大人の顔になったわね・・」
「そう……ですか?」
「えぇ。良いことでもあり、よくないことでもあるわね」
叔母様はそれ以上何も言わなかった。そしてそれが答えだった。
凛と蘭はもっと率直だった。
「ノアってさ、顔はいいけどバカだよね」
凛が言い、蘭が頷く。
「叔父様もだけど、イケメンは頭がおかしいのよ。」
それが双子の座右の銘になっていた。
僕は否定しなかった………というか、できなかった。
ノアは強くなっていった。
速く、高く、まっすぐに。
そして同時に、物事を考えなくなっていった。
「悠馬がいれば大丈夫だろ?」
その一言が、冗談のように言われるたび、僕の胃がキリキリと痛んだ。
ある日、父と叔父様が鉢合わせた。
裏庭、木刀、汗をかいたノア。
空気が一瞬で凍った。
「…………拓海」
「…………エド」
二人は何も言わなかった。
でも、言わなくてもわかる。
『互いに、もう引けない』
その間に、僕とノアが立っていた。
……いや、立たされていた。
その時僕は理解した。
叔父様は、僕を参謀に育てた。
父は、ノアを剣に育てた。
そして、剣には必ず鞘が必要だ。
抜き身のままでは誰かが傷つく。
そして多分………
その鞘が「僕」だ。
その夜、僕は鏡を見た。
子供の顔だった。でも、目だけが少し大人びていた。
逃げ道はもう閉じられている。
鍵はもうとっくに落ちている。
だから僕は息を大きく吸って、すべてを受け入れた。
『ハミルトン家のストッパーは僕しかいない』
それが僕の役割なんだ。
その時確かに聞こえた。重なって閉まる二枚目の扉の音を………
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AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




