第二話 佐伯悠馬は、扉の音を聞いた
悠馬自覚をする、の回
ノアが生まれた日のことを、僕はよく覚えている。
屋敷がいつもより静かだった。
大人たちの声は低く、廊下を歩く音は早かった。
凛は落ち着きがなく、蘭はいつもより動かず、僕はというと…
胸の奥が少しだけざわついていた。
それからしばらくたったころだっただろうか……
「悠馬」
エドワード叔父さんに呼ばれたのは夕方だった。
ノアはよく眠っていたし、ぼくはいつも通り凛や蘭と一緒にいたのだけれど・・
「少しこちらへ。」
断る理由もなかったので、僕はついていった。
部屋は書斎だった。
本がたくさんあって、重たい机があって、大人の部屋だってすぐわかる場所。
エドワード叔父さんは椅子に座り、僕を向かい側に立たせた。
「知っていると思うが、2か月前にノアが産まれた」
「……はい。」
「彼はこの家を継ぐことになる」
その言葉の意味はよく分からなかったけど、重要だっていることはわかった。
エドワード叔父さんは少しだけ声を落として言った。
「そして悠馬、君はこの家で育つ」
それはすでに起きている事実。
なのに、なぜか胸がひやりとした。
エドワード叔父さんはさらに続けた。
「悠馬、君は賢い」
そう、そう言われるのは初めてじゃなかった。
「よく見ている。よく考えている。そして……・黙って引き受ける」
その、最後の言葉で僕は目を伏せた。
なぜなら「自覚」があったから。
エドワード叔父さんはまた続けて言う。
「ノアは守られる側になる。だが……、守る側も必要だ」
その瞬間、なぜか僕の後ろに大きな扉が出てきたような気がした。
エドワード叔父さんはにこやかに笑って言った。
「難しいことは、まだいい。ただ……そうだな、話を聞くことから始めようか。」
そうして本を一冊机に置いた。
分厚くて、文字が多くて、子供向けではない本を。
「今は読めなくてもいいし考えなくてもいい」
そういわれたけど、でもその眼は言っていた。
『絶対に逃がさない』と……。
その夜、父は遅くに帰ってきた。
ノアが産まれてからずっと屋敷はお祝いムードもあって明るく、穏やかだったけど、父の顔はどこか硬かった。
「悠馬」
父は僕の頭をくしゃくしゃと撫でながら聞いた。
「お前、エドに何か変なこと言われてないか?」
僕は少し考えた。
書斎……
分厚い本……
エドワード叔父さんの声……
でも、それをどう言葉にしたらいいのか僕はわからなかった
「別に…なにもないよ」
父は少しだけ、安心したように笑った。
その笑顔をみて僕は、なぜか胸が痛くなった。
数日後、僕はまた、書斎に呼ばれた。
それが『たまたま』ではないとわかるまで時間はかからなかった。
エドワード叔父さんは何も急がなかった。
ただ、「質問」をする。
「どう思う?」
「なぜそうなる?」
「君ならどうする?」
正解は言わない。でも、間違いは静かに否定する。
僕は考える。考えて、答える。
そのたびに、エドワード叔父さんは満足そうに頷いた。
いつからか、僕は気が付いた。
ノアが泣くと、先に僕を見る人が増えた。
凛がなにかすると、「悠馬」と呼ばれた。
蘭が動かないと、僕が促すのを待たれた。
そして………
「ノアが成長するにつれて、僕のそばにいる時間が増えていった」
「悠馬、君がいれば大丈夫だ」
エドワード叔父さんは何度もそういった。
その言葉は「誉め言葉」のようだけど、
「役割を決める音」のようだった。
ある夜、僕はふと目を覚ました。
屋敷は静かで、遠くで時計の音がした。
カチリ………カチリ………
その音に混じって、僕は確かに聞いた。
「重たい扉が、閉まる音」
僕は振り返らなかった。
振り返っていはいけないとわかっていた。
その時、僕はまだほんの子供だったけど・・・
「後戻りができなくなったこと」
だけははっきりと理解していた。
アシスト作品です。




