第一話 佐伯悠馬は、すでに胃が痛い
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。
僕が五歳の時、住んでいた家はとても大きかった。
廊下は長く、天井は高く、扉は重い。
ドアノブは金色で、僕の背では少し背伸びをしないと届かない。
ここはハミルトン家の屋敷で、僕の家ではないけれど、僕の家だった。
大人たちはよく「慣れた?」と、聞いてきたけれど、正直なところ、慣れたかどうかよりも
「なぜここで暮らすことになったのか」
を、僕はまだちゃんと理解はしていなかった。
ただ、わかっていたのは……
父は忙しく、
母は頼られていて、
僕はよく、「ちょっとお願い」、と言われる
ということだ。
「悠馬、少しの間だけみんなを見ててくれる?」
母ー菜摘はいつも穏やかな声でそういう。
断れない言い方を母は自然に知っている。
その日、リビングには三人の子供がいた。
三歳の双子の妹、凛と蘭。
それから、揺りかごの中の赤ん坊…ノア。
ノアは僕よりずっと小さくて、でもこの家ではとても大事な存在だった。
「凛、走らないで。蘭?そこは座るとこだよ」
言いながら僕は赤ん坊の様子を確認する。
凛は元気だ。元気すぎて止まらない。
蘭は静かだ。静かすぎて動かない。
凛が走り回り、蘭がソファに沈み眠りこけ、ノアが泣く。
僕はため息をついた。
五歳にしては少し深すぎるため息だったと思う。
「相変わらず落ち着いているね」
そういって僕の頭を撫でたのはこの家の主人…
エドワード・ハミルトンだった。
背が高くてよく笑う。
でも目は、いつも何かを考えている。
「五歳でこの冷静さはなかなかだな。」
「……そう、ですか?」
何が「なかなか」なのかはわからない、でもとりあえず返事をする。
エドワード叔父さんは満足そうにうなづいて隣にいる奥さん・・ジェシカ叔母さんを見た。
「見てごらん?彼を。拓海の息子はやはりただものじゃないな」
「そうね」
ジェシカ叔母さんは背が高く、声も大きくて、決断がはやい。
その日も迷いなく言った。
「この子、ほおっておいたら大人をまとめる側になるわね」
なぜか僕は少し寒くなった。
父、拓海は、その場にいなかった。
父はこの家で働いている。
エドワード叔父さんのそばでいつも忙しかった。
前は警察官だったらしいけど僕はあまり覚えていない。
ただ、父はよく言う。
「男は強くなきゃいけない!」と。
その言葉の意味を考える時間は、僕にはあまりなかった。
「悠馬にーちゃん!」
凛の声で現実に戻る。
「ノア、ないてる!」
僕は言う
「今見てるよ」
凛は納得せず、蘭は動かず、ノアはさらに泣く。
僕は揺りかごを軽く少し揺らした。
すると……ノアは少しだけ泣き止んだ。
「……ほう…すごいな……」
エドワード叔父さんが感心したように言う。
「やはり彼は……」
「エドワード?」
ジェシカ叔母さんが静かに声をかける。
エドワード叔父さんは一瞬口を閉じて、そしてにこやかに笑った。
「いや、何でもないよ」
………でも、その眼は「何かを決めた人」の、目だった。
その日、僕は気が付いた。
この家には「止める人」が、いない。
父は忙しく、
母は信頼され、
エドワード叔父さんは考え、
ジェシカ叔母さんは決断する。
そして子供たちは……「自由」だ。
だから多分、僕が「止める役」なんだと思う。
五歳の僕はまだ「その意味」を、「ちゃんとわかって」はいなかった。
ただ、その夜、少しおなかが痛くて、なかなか眠れなった。
それが、これから長く続くなんて……
その時の僕はまだ知らなった。
AIアシスト作品です。




