第七部 第九話 悠馬、帰路
速く全部出し切りたい僕。
空港へ向かう車の中は、静かだった。
窓の外を、東京の街が流れていく。
朝の光。
人の波。
信号待ちの一瞬の停止。
この街に、自分は確かに立っていた。
それだけは、もう否定できない。
「……忘れ物、ない?」
ノアが、何気なく聞いてくる。
「ない」
「本当に?」
「三回目だ」
「信用できない」
軽い調子だ。冗談でもある。
だが、その裏にある緊張も分かる。
この旅が、ただの仕事ではなかったことを、ノアも感じている。
成田空港に着く。
人の流れに乗り、
ターミナルを歩く。
ここでは、誰もこちらを見ない。
それが、少しだけ惜しい。
そして、少しだけ安心する。
チェックインを済ませ、保安検査を通る。
日本語の案内が、自然に耳に入る。
意味を取ろうと意識する必要がない。
それが、最後まで不思議だった。
搭乗ゲート前。
ベンチに腰を下ろす。
ノアが、スマホを見ながら言った。
「兄さん」
「何だ」
「……日本さ」
一拍。
「思ってたより、普通だったな」
普通。
その言葉に少しだけ考える。
「そうだな」
否定も、強い同意もできない。
普通、というのは、誰にとっての普通なのか。
ノアは、続ける。
「でも、嫌じゃなかった」
その言い方が、ノアらしい。
大きな言葉を使わない。
感情を盛らない。
ただ、今の感覚をそのまま置く。
「俺、また来たい」
自分は、すぐには答えなかった。
来る理由は、もうある。
だが、来る意味は、まだ整理できていない。
「……必要なら」
そう答えた。
逃げでも、拒否でもない。
今の自分に出せる、一番正直な答えだ。
搭乗案内が流れる。
列に並ぶ。
ゲートをくぐる直前、振り返る。
日本の空港は、相変わらず落ち着いていた。
泣く人も、叫ぶ人もいない。
出発は、日常の一部だ。
それが、この国のやり方なのだろう。
機内に入る。
席に座る。
ノアは、すぐにベルトを締めた。
「……兄さん」
「何だ」
「あのさ」
少しだけ、声を落とす。
「俺、日本だと自分が前に立っても怖くなかった」
それは、正直な告白だった。
「でも、兄さんは、ずっと考えてたよな」
否定しない。
「……ああ」
短く答える。
ノアは、それ以上聞かなかった。
聞かなくていいと、分かっているのだろう。
エンジン音が大きくなる。
滑走路を走り、機体が加速する。
浮く。
地面が離れる。
日本が、下に広がる。
胸の奥に、言葉にならない感覚が残る。
懐かしさでも、未練でもない。
ただ、”知っている気がする場所”を通り過ぎたという事実。
ノアは、いつの間にか目を閉じていた。
静かな寝息。
その横顔を見て、思う。
ノアは、地面に立つ。
声を拾う。
今を生きる。
自分は、高いところから全体を見る。
先を考える。
どちらが正しいかは、分からない。
だけど。
並ぶためには、同じ高さに立つ必要はない。
違う高さで、同じ方向を見る。
それができるかどうか。
それを、これから考えればいい。
飛行機は、雲の上に出た。
日本は、もう見えない。
だが、置いてきたものは、空っぽではなかった。
持ち帰ったのは、答えではない。
”問い”だ。
それで、今は十分だと思えた。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




