第七話 第五部 悠馬、視察・中盤/拾えなかった声
ノア君いい加減学習しなさい
日本に来て、四日目だった。
視察は、順調と言ってよかった。
工程は遅れていない。
調整も進んでいる。
数字も、想定内だ。
だからこそ、違和感は表に出ない。
会議の進行は、ほとんどノアが担っている。
若い。だが、誠実で、素直だ。
現場はそれを評価する。
「判断が早いですね」
「現場の話をよく聞いてくれる」
「トップが前に出過ぎないのも助かる」
その言葉を、自分は少し後ろで聞いている。
“トップ”。
その単語が、自分ではなくノアに向けられていることに、
誰も疑問を持たない。
それもまた、好意的な誤解だった。
ノアは、少しずつ疲れてきている。
表情では分からないが、足取りが重くなっている。
休憩時間。
ノアが、こちらに寄ってきた。
「兄さん」
「何だ」
「……ちょっと、いい?」
声が、少し低い。
会議室の隅。
「さっきの評価、どう思う?」
まただ。
この問い。
「問題ない」
いつも通り答える。
だが、ノアは引かなかった。
「……でも」
一拍。
「俺、“判断してない”部分まで、評価されてる気がする」
言葉を選びながら、必死に拾おうとしている。
「現場を尊重してる、って言われるけど、俺、全部は見えてない」
「兄さんが後ろで見てるから、判断できてるだけで……」
そこまで言って、ノアは言葉を止めた。
続けてはいけない、と自分で判断したのだろう。
周囲の耳を、気にしている。
「……」
どう答えるべきか、一瞬迷った。
正直に言えば、ノアの言う通りだ。
だが。
「それは、今言う話じゃない」
そう答えた。
ノアの肩が、わずかに落ちる。
「……分かった」
だが、納得はしていない。
拾おうとした声は、宙に浮いたままだ。
その日の午後。
現場の一人が、何気ない調子で言った。
「佐伯さんって、本当に口出ししませんよね」
「信頼してる証拠ですよ」
別の人間が笑う。
「それに、そういう人、日本だと珍しいです」
「エリートなのに、現場を切らない」
切らない。
その言葉が、少しだけ引っかかる。
自分は、切らないのではない。
”今日は切らない”だけだ。
だが、その説明をしないことで、意味が変わっていく。
六日目。
誤解は、形を変えて増幅する。
「佐伯さん、現場を任せてくれる」
「判断は全部ノアさん」
「佐伯さんは、最後に確認するだけ」
確認するだけ。
それは、事実ではある。
でも、全体ではない。
その“省略”が、評価として定着していく。
ノアは、それを止められない。
否定すれば、評価を裏切ることになる。
説明すれば、自分が無力だと認めることになる。
拾おうとして、拾えなかった声。
七日目。
ノアは、ついに一つ、余計なことを言った。
「……分からないなら、聞けばいいんです」
現場の一人に向けた、ごく自然な言葉。
悪意はない。
むしろ、誠実な助言だ。
しかし。
その言葉は、別の意味で受け取られた。
「……分からない方が悪い、ってことですか」
空気が、一瞬だけ固まる。
ノアは、慌てて言葉を足す。
「いえ、そういう意味では……」
だが、もう遅い。
その場では、誰も何も言わなかった。
だからこそ、その言葉は残る。
夜。
ホテルの部屋。
ノアは、ベッドに腰掛けたまま、黙り込んでいる。
「……兄さん」
「何だ」
「俺、拾えなかった」
短い言葉。
でも、重い。
「拾おうとした。
……でも、言い方を間違えた」
それ以上、続けられない。
自分は、しばらく黙っていた。
そして、正直に言う。
「仕方がない」
ノアが、顔を上げる。
「……仕方ない?」
「ああ」
「誤解は、意図しなくても生まれる」
「問題は、それがどこまで進むかだ」
ノアは、唇を噛んだ。
自分は、その表情を見て、少し遅れて気づく。
ーーーノアは、もう一人で抱え始めている。
拾えなかった声を。
自分が、後ろにいるせいで。
日本滞在、一週間。
まだ、何も壊れていない。
でも。
誤解は、静かに形を持ち始めていた。
善意のまま、刃になる準備を。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




