第七部 第二話 悠馬、”ここに、いた”
5歳の悠馬君みてみたいかも。
日本に来る直前、父さんに言われた。
「この辺だ」
地図を指でなぞりながら、淡々と。
「この辺りに住んでた」
「幼稚園は、ここ」
「歩いて十分くらい」
それだけだった。
思い出話でもなければ、懐かしさを誘う言い方でもない。
生活情報。
ただの事実。
「……そうですか」
その時の自分は、それ以上、何も思わなかった。
五歳の頃の記憶は、あるような、ないようなものだ。
覚えていると言い切れるほど鮮明ではない。
だが、完全に空白というわけでもない。
ただ、意味がつながっていなかった。
そして今。
実際に、その場所に立っている。
東京の街は、思っていたよりも静かだった。
人は多い。
音もある。
でも、イギリスの都市とは違う。
速度が違う。
密度が違う。
それ以上に、視線の重さが違った。
誰も、こちらを値踏みしない。
名前も、
肩書きも、
関係ない。
通り過ぎる人間にとって、自分はただの一人だ。
その事実が、胸の奥に、静かに沈んでいく。
歩く。
拓海が指差した方向。
交差点を渡り、少し細い道に入る。
小さな公園。
ベンチ。
滑り台。
ブランコ。
どこにでもある風景だ。
だけど。
フェンス越しに、幼稚園が見えた。
園庭。走り回る子どもたち。
甲高い声。
笑い声。
泣き声。
その瞬間だった。
理由もなく、映像が浮かんだ。
笑っている子ども。
転んで泣いている子ども。
先生に手を引かれている、小さな背中。
どれも、鮮明ではない。
色も、
音も、
輪郭も曖昧だ。
だが、確かに“自分”だった。
「……」
懐かしい、とは違う。
恋しい、でもない。
ただ。
『ここに、いた。』
その事実だけが、静かに腑に落ちた。
過去を思い出した、という感覚でもない。
むしろ、今まで意味を持っていなかった断片が、
ようやく場所を見つけたような感覚だった。
説明できないが、
否定もできない。
だから、胸が落ち着く。
理由が分からないまま、理解してしまう。
足を止めていると、横から声がした。
「兄さん」
ノアだった。
「……ここ」
少しだけ、言葉を選ぶように。
「知ってる?」
即答できなかった。
“知っている”と言うには、記憶は曖昧すぎる。
“知らない”と言うには、胸の感覚が、それを拒んだ。
「……知らない、とは言えないな」
そう答えると、ノアは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、少し安心したように息を吐く。
~ノア視点~
兄さんの横顔は、いつもと変わらない。
落ち着いていて、考え事をしている顔。
でも。
ほんの少しだけ、柔らかい。
日本に来てから、何度か見た表情だ。
兄さんは、何も言わない。
でも、何も感じていないわけじゃない。
ただ、言葉にしないだけだ。
~悠馬視点~
しばらく、その場に立っていた。
過去を取り戻す気はない。
失った時間を嘆くつもりもない。
でも。
ここで暮らしていたかもしれない自分。
その可能性だけは、否定しなくていい気がした。
それで、十分だ。
ノアが、少し先を歩き出す。
「……行こう、兄さん」
「そうだな」
歩きながら、考える。
日本は、帰る場所ではない。
だけど。
”説明しなくていい場所”では、あるのかもしれない。
それだけで、今は十分だった。
感想をいただけると嬉しいです。
※一応完結分までは完了してますので都度載せる予定です。
よろしければ見てください。
AIアシスト作品です。
僕はまだ、ただの学生だったはずなのに。
気づいたら、伯爵家と組織と、大人たちの胃を一手に引き受けていた。
これは「有能すぎたせいで詰んだ男」の話。




