第37話 影は静かに糸を張る
人間界・隣国領。
夜。
月明かりの下、廃れた礼拝堂に人影が集まっていた。
「……魔界の姫」
低い声が、石壁に反響する。
フードを深く被った男――
先日の魔界で姿を見せた“影”。
「想像以上だ」
「制御を覚え始めている」
「守る者も、増えた」
その周囲には、
魔族、人間、どちらとも言い切れぬ者たち。
「……それで?」
一人が、苛立たしげに問う。
「奪うのか」
「殺すのか」
影の男は、首を振った。
「違う」
「“奪わせる”」
ざわり、と空気が揺れる。
「魔界と人間界」
「今は、仲良しごっこをしている」
「だが――」
男は、指を鳴らした。
幻影が、宙に浮かぶ。
それは。
人間界の王都。
魔界城。
そして――セラフィナ。
「姫が、暴れれば」
「世界は、疑う」
「恐れる」
「守っていた者たちほど」
「彼女を、縛ろうとする」
誰かが、息をのむ。
「……まさか」
「そう」
男は、愉快そうに笑った。
「“善意”で、壊す」
* * *
魔界城。
執務室。
魔王の前に、報告書が積み上げられていた。
「人間界周辺で」
「魔獣の異常行動が増えています」
「しかも――」
側近が、言い淀む。
「姫君の魔力反応に」
「近い場所で、頻発しています」
魔王の指が、止まる。
「……誘導か」
「はい」
「意図的です」
魔王は、深く息を吐いた。
「……セラフィナには」
「まだ、知らせるな」
「恐怖が、揺らぎを呼ぶ」
「ですが」
「私が、背負う」
即答だった。
* * *
訓練場。
セラフィナは、汗を拭っていた。
「……今日、なんか」
「空気、変じゃない?」
クロウは、視線を遠くに向けたまま答える。
「……はい」
「私も、そう感じます」
「嫌な予感?」
「ええ」
セラフィナは、木剣を握り直す。
(……また、何か来る)
でも。
「……逃げないよ」
クロウが、静かに頷く。
「承知しております」
「姫君が、前に進むなら」
「私は、半歩後ろで」
「必ず、支えます」
セラフィナは、少し笑った。
「それ、半歩じゃ足りなくない?」
「……では」
「常に、横で」
「それでいい」
* * *
その夜。
セラフィナは、窓辺に立っていた。
魔界の空。
静かすぎる。
(……世界が)
(私を、見てる)
不意に。
胸の奥が、ざわつく。
――知らない感覚。
(……誰かが)
(私を、試そうとしてる)
小さく、拳を握る。
(……なら)
(私は、選ぶ)
(誰のせいにも、しない)
影は、もう動いている。
だが。
姫もまた――
止まってはいなかった。




