第3話 その日、魔界は恋に落ちた
――それから三年。
私は、無事(?)に三歳になった。
「セラフィナ様、こっちですよ」
柔らかい声で手を引いてくれるのは、私付きの侍女――リリア。
淡い色の髪を結い、いつも少しおどおどしているけれど、
誰よりも私のそばにいてくれる人だ。
(リリアは、やさしい)
ふわふわのドレスに包まれ、私は魔界城の回廊を歩いている。
正確には、歩かされている。
(ひとりで歩けるのに)
そう思っても、口には出さない。
出したところで――
「だ、だめですよ! 転んだら……その……」
世界がどうこうと言われるのは、もう慣れた。
鏡の前に立たされ、私は自分の姿を見つめた。
長いまつげ、白くなめらかな肌。
夜空を吸い込んだようにつややかな髪。
そして、宝石をはめ込んだみたいに輝く赤い瞳。
(……あ)
(これ、ちょっと……)
三歳なのに、できすぎている。
「……」
隣で、リリアが動かない。
「……りりあ?」
そっと声をかけると、
リリアははっとして、両手で口元をおさえた。
「し、失礼しました……! あまりに……」
そのまま、膝ががくりと落ちる。
「……だいじょぶ?」
慌てて近づこうとした、そのとき――
「何事だ」
低く冷たい声が、空気を切った。
振り返ると、そこには近衛騎士――クロウ・フェルゼン。
以前より背が高くなり、鋭さを増した姿で立っている。
「ひ、姫君にお仕えする侍女、リリアです……!」
リリアは慌てて名乗り、深く頭を下げた。
「ただ……その……」
クロウの視線が、私に向く。
そして――止まった。
(……あ)
「……」
彼の喉が、わずかに鳴る。
「くろう?」
名を呼ぶと、
クロウははっとして、すぐに膝をついた。
「……失礼、いたしました」
声が、ほんの少しだけ震えている。
「……今日は、危ないです」
(なにが?)
その日から、城の様子が変わった。
「姫君を直視するな」
「心臓に悪い」
「理性がもたん」
会議は中断、訓練は延期。
いつの間にか「姫君直視禁止令」なるものまでできていた。
(変なの)
父――魔王は、私を抱き上げて、静かに言った。
「……予想より、早かったな」
「なあに?」
「おまえの――
世界一の美貌が、目を覚ました」
(目を覚ましたって……)
「もう、隠せん」
真剣な声に、少しだけ不安になる。
「セラフィナ。
お前は、歩くだけで――」
父は、はっきりと言った。
「世界を、狂わせる」
(重い……)
その日、私は知った。
私はもう、
普通の魔王の娘じゃない。
――魔界だけじゃない。
世界全部を、惑わせる存在になったのだと。
そして当然のように。
リリアは、それ以来私から目を離さなくなり、
クロウ・フェルゼンは、以前より少し距離をとりながら、
それでも誰よりも近くで、私を守るようになった。
(……めんどう)
そう思いながら、
私は今日も、たくさんの視線をあびている。




