第2話 魔界、過保護すぎ問題
魔王の腕の中は、思っていたよりずっと温かかった。
(……怖い存在のはずじゃなかったっけ?)
黒曜石の床を進むたび、私の視界には異様な光景が広がる。
屈強な魔族たちが、通路の両脇にずらりと並び、全員が深く頭を下げている。
「姫君に栄光を……」
「そのお御足に、床が触れることすら恐れ多い……」
(え、床に触れちゃダメなの!?)
思わず父――魔王の胸元をぎゅっと掴むと、
彼はすぐに気づいて、歩調をさらにゆっくりにした。
「どうした、セラフィナ。怖いか?」
首を横に振りたいのに、赤子の身体は言うことを聞かない。
代わりに、小さく「うー」と声が漏れた。
それだけで――。
「……聞いたか」
「姫君が不安を感じておられる」
「城の構造を、今すぐ見直せ」
(待って待って待って)
誰も私の意見を聞いていない。
魔王は扉の前で立ち止まり、静かに告げた。
「セラフィナの部屋だ。
魔界で最も安全で、美しく、快適な場所を用意させた」
重厚な扉が開くと、そこには――
(……お姫様の部屋!?)
天蓋付きの寝台、淡く光る魔法石、
壁一面に描かれた幻想的な星空。
「気に入ったか?」
魔王の問いに、私はぱちぱちと瞬きをした。
(そもそも、赤ちゃんにこんな部屋必要?)
すると、一人の男が静かに前へ出た。
漆黒の短髪、鋭い灰色の瞳。
無駄のない動きと、研ぎ澄まされた気配。
――近衛騎士だ。
「失礼いたします、陛下」
彼は片膝をつき、低く名乗る。
「クロウ・フェルゼン。
本日より、姫君付き近衛騎士を拝命いたしました」
「この命に代えても、セラフィナ様をお守りします」
(……もう護衛いるの?)
魔王は満足そうに頷いた。
「よい。
セラフィナに近づく者は、魔族であろうと容赦するな」
「御意」
クロウの視線が、一瞬だけ私に向けられた。
冷静で感情の読めない瞳――のはずが、
ほんのわずか、揺れた。
(……見惚れてる?)
生まれたばかりの赤子に、
そんな反応するのおかしくない?
だが、その瞬間――。
「……姫君が、微笑まれました」
誰かが息を呑む。
(え、今の私!?)
「尊い……」
「これは……危険だ」
「世界の均衡が……」
(規模でかすぎ!)
魔王は、深く息を吐いた。
「……想定以上だな」
その腕に抱かれながら、私は確信する。
――この城、
全員過保護すぎる…
そしてきっと、これからもっと増える。
私…
普通に生きられる気がしない。




