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【短編小説】ヴィレヴァンの便所発 コインロッカー行

掲載日:2025/12/20

「ベースって楽器は孤独の象徴なんだよ」

 赤ちょうちんルージュ太郎は吐き捨てるように言った。

 赤ちょうちんルージュ太郎が好きな安居酒屋は平日の夜にも関わらず混雑していたが、活気と言うには少し疲労や諦観が優位にあった。

「ベースは、孤独なんだ」

 赤ちょうちんルージュ太郎は繰り返した。



 確かに、俺や赤ちょうちんルージュ太郎の両親はライブハウスに連れ立って行くような友達がいなかった。

 それはつまり、俺たちの父親と母親がヴィレッジヴァンガードの便所かなにかで出会ったと言う事だ。

 もしかしたらブックカフェだとか、オールナイト映画館かも知れない。とにかく、ライブハウスよりは陰気な場所だ。


 いや、それは俺たちの子どもなんだろう。

 俺たちは輪をかけて陰気だから仕方のないことだ。

「まだ生涯を共にする相手とは出会っていないけれど、きっと出会えるさ」

 俺はそうやって赤ちょうちんルージュ太郎を慰めるが、彼は項垂れたまま涎を垂らして煙草の吸殻を消火しようとしていた。

 そこに何の意味があるのかと訊けば、彼は俺たちの人生と同じだと答えるだろうから、俺は黙って彼を見ていた。


 

 とにかく俺たちはそうやって生まれた。

 試験管とかコインロッカーが流行った後の話だ。だから未だに3色端子が付いた黒いケーブル(臍の緒)は切れない。

 つまり未熟児だ。

 そのケーブルは、最近ではアンビリカルケーブルと言う名前で呼ばれているし、俺たちが立て籠もっている自分の部屋は、コンクリートの子宮とかATフィールドとか呼ばれている。



 そこで0と1に分かれた栄養を取り続けているのが俺たちだ。

 だから仮にコンクリートの子宮とかATフィールド、または箱と呼ばれている自分の部屋を出ても哺乳瓶モノリスが手放せないでいる。

 咀嚼が出来ないのは、歯が生え揃っていないからだ。

「学校が良くない、あそこで牙を抜かれて去勢されたんだ」

 赤ちょうちんルージュ太郎は垂らし終えたヨダレの気泡を数えながら言う。

「そうだね」


 闘争領域に必要なものは、全部子宮に置いてきた。だからSENSOUは知っていても空の色を知らない。

「今日は青ですか?」

「明日はどうですか?」

 居酒屋で聴こえた質問には、誰もが答えられずにいる。


  友達のいない赤ちょうちんルージュ太郎は、ベースの上で弛みきった錆びた弦を撫でながら泣いていた。

「ベース弾きに明日は無いんだよ」

 赤ちょうちんルージュ太郎はベースを弾けない。ギターだって弾けないし、ドラムも叩けない。実を言うと歌だってそんなに上手くないけど、赤ちょうちんルージュ太郎はバンドマンに憧れていた。



「それは誤解なんだ」

 俺は疲れた声で呟いた。

 労働にうんざりしていたし、赤ちょうちんルージュ太郎にも、安居酒屋にもうんざりしていた。

「知ってるよ」

 赤ちょうちんルージュ太郎は言った。

「もう終わりにしなきゃいけないんだ」

 俺の人生も、俺と赤ちょうちんルージュ太郎の飲み会も、全部を。

 


 赤ちょうちんルージュ太郎は何かのクーポンだとかポイントを使った後で、レシートに記載された金額の半分を請求した。

 俺は文句を言わずに支払った。

 正社員の俺と、フリーターの赤ちょうちんルージュ太郎じゃ可分所得が違う。

 1円単位までキッチリ割り勘にすると、赤ちょうちんルージュ太郎は

「おれはお酒を飲んだけど、そっちはツマミを沢山食べたから良いでしょ」

 と言って店を出た。

 


 別にそんなのはどうでも良かったし、俺は早く帰りたかったから何も言わなかった。

 店を出ると、疲れ切った宵の口が街にだらしたく横たわっていた。

 俺は単車の鍵をいじりながら、二次会(そう言う名前の路上飲み)を断る口実を探していると、裏通りの向こうから巨大な人影が歩いて来るのが見えた。

 身長の割に酷く小さな頭だと思っていたが、近づいて来るにつれてそれがコントラバスのケースだと言う事がわかった。


 「もう行かなくちゃならないんだ」

 俺はコントラバスと一緒に駅に向かって歩き出した。

「駅まで見送るよ」

 今度は、赤ちょうちんルージュ太郎が何も言わなかった。

 通りにはドラム叩きたちの鳴き声かこだましていて、そのリズムだけがモールス信号みたいに飛び交っている。

 俺にはその内容が分からないし、もしかしたら意味なんて無いのかも知れない。そこに参加できたなら、俺たちは孤独じゃなくなるはずだ。



 でも赤ちょうちんルージュ太郎はそんな事をどうだっていいと考えているはずだし、実際は俺にとってもどうだって良い事だった。

「還れるんだ、これでただの男に」

 改札に向かう長い廊下で、赤ちょうちんルージュ太郎は急に立ち止まると、振り向きざまにエアベースを弾いて寂しそうに笑った。

 赤ちょうちんルージュ太郎の首にはやはり錆びた弦が光っていて、コインロッカーは十分に広かった。

 でもきっとただの男には還れない。

 だって赤ちょうちんルージュ太郎はベース弾きだったから。


  だから、俺も赤ちょうちんルージュ太郎も、帰ったらコンクリートの子宮で丸くなって眠る。

 明日も同じ存在として。

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