00 種を蒔く準備
「月影、どうして、小説の書き方を伝えようとしたの?」
生垣に囲まれた、周りに日差しが差し込む……石で作られた四つの柱とかまぼこ屋根の下。
円を添うように作られた椅子に座り、真ん中にあるテーブルをはさんで、陽芽は素朴そうに聞いてきた。
「……どうして、か」
陽芽には何度も、月影は答えた質問だ。
キャロルのような上品な服を着た彼女――陽芽は小首をかしげながらも、テーブルに広がった文字の書かれている紙と向き合っている。
差し込んでいる光が、陽芽の姿をぼんやりとさせていた。
月影はカップに入った紅茶を口に含んでから、ゆっくりと口を開く。
「これはあくまで、人それぞれが持つ感性の違いなのは理解しているよね」
「うん。月影、何度も言っている」
陽芽は自覚があるようだ。
自覚があったとしても、月影の考えが変わっていないか心配なのだろう。
心配しなくても、陽芽の傍を離れるつもりはないのだが。
日差しを綺麗と感じる人もいれば、ただ眩しいだけと思う人もいるように……教え、伝えることは、難儀を意味する。
それでも伝えるのは、その人の縮まっている世界を少しでも広げられるようにするためだ。
「今書いている人、少しでも書きたいけど勇気が出ない人……俺はそんな人たちの、少しでも前に進めるキッカケになればいいって思っただけだよ」
「月影、変わらない。だから、私、月影の話はいつでも聞いていたい」
それは何よりだよ、と柔く返せば、陽芽は頬を緩ませていた。
後ろで編み込まれている、艶のある茶髪のストレートヘアーが風になびいた。
揺れた髪を抑える仕草は陽芽の幼さも相まって、神秘的に思わせてくるようだ。
月影自身、最初こそ陽芽に夢を持ってもらうためだった。だけど今は、自分らしくいられるように、陽芽の目標であり続けられるために努力をしているのだ。
小説を自分の手で書き続けたい……そう思ってもらえるように。
陽芽にそんな心配が無用なのは知っている。
自分で書く楽しさを、月影は実践を通して伝えられたのだから。
「陽芽さんは、どんな話が印象に残っている感じかな?」
陽芽は思い返すように、白い小さな手の指を曲げながら口に出していく。
「景色を見て感じた共有。五感の話。学びや経験のリアリティ……プロットのお話」
陽芽はそれらを言ってから、やんわりとした笑みで月影を見上げてきた。
微笑ましいまでに柔らかくなった感情は、いつ見ても心の鐘を鳴らせてくる。
「伝える相手がいること、自分らしさのある文章を書く大切さ」
陽芽は今も言葉足らずな一面こそあるが、しっかりと伝わっていたようだ。
口から出るのは言葉足らずであっても、陽芽の書く文章は基本を押さえ、一目読むだけで頭の中に景色が思い浮かぶほど逸材である。
月影自身、陽芽の口からそれが聞けただけでも、内心嬉しさが込み上げていた。
「いい記憶力だね。でも、書かないことには始まらないし、準備だけで満足したらいけないよ」
「……わかってる」
陽芽は子ども扱いされたのが嫌だったのか、ぷくりと頬を膨らませている。
月影は軽く苦笑しつつ、テーブルに置いていたある小説に触れた。
「せっかくの良い機会だし、振り返ってみようか」
「うん」
陽芽は月影が小説に触れたのを見て、陽芽もまたある小説をテーブルに置いた。
「この石壁にある……三角窓から覗いてる感じでね」
「月影との、学び」
「そうだね。まずは、種を蒔くところからだ」
月影と陽芽は思い返しながら会話をして、光を差し込ませる石壁の三角窓を覗いた。
少しでも多くの人が自分の手で書きたいと、一歩を踏み出せるなら……月影はそんなことを思いながら。




