炎の誓い ― 第九話「残された影」
炎の誓い ― 第九話「残された影」
工場での激闘が終わり、夜風が焼け焦げた鉄骨を撫でていた。
倒れた刺客の身体からはもう動きはなく、ただ鉄と血と焦げた匂いだけが残っている。
悠真は震える手で、拾い上げた金属板を見つめた。
三つの三角形が絡み合う、不気味な紋章。
――姉のノートに描かれていた印。
「……やっぱりだ。姉さんは“組織”と……」
悠真の呟きに、氷河が冷ややかに言葉を差し込んだ。
「つまり、お前の姉は“組織”と接触していた。……あるいは」
「あるいは……?」悠真が顔を上げる。
氷河の瞳は氷のように冷たかった。
「その一員だった可能性もある」
――カチン、と何かが胸の奥で切れた音がした。
「……何だと」悠真の声が低く震える。
「姉さんが……組織の仲間だと? ふざけるなァァ!!」
怒りと共に炎が爆発した。掌から溢れる火が夜闇を照らし、周囲の鉄骨が赤く焼ける。
悠真はそのまま氷河に殴りかかった。拳に炎を纏わせ、目の前の冷酷な少年を焼き尽くす勢いで。
「お前に――姉さんを侮辱する権利はねぇッ!!」
だが、その拳が届くより早く、強烈な風が吹き荒れた。
隼人が背後から悠真を羽交い絞めにし、全身で押さえ込む。
「やめろ悠真! 落ち着け!」
「離せ隼人ッ! こいつだけは許さねぇ!!」
炎が暴走し、隼人の服の裾を焦がす。だが隼人は構わず力を込めた。
「感情に任せて仲間を潰すつもりか! それで真実が掴めると思うのか!」
「うるせぇ!! 姉さんを汚すやつは――」
「悠真ッ!!!」
隼人の一喝が、炎の轟きに勝った。
その声には怒りと同時に必死さが混じっていた。
悠真の動きが止まる。
炎が揺れ、やがてしゅうっと音を立てて小さくなっていく。
隼人は息を吐き、悠真の肩を強く掴んだまま言った。
「氷河は事実を言っただけだ。可能性を示したに過ぎない。……信じたくない気持ちは分かる。だが今、感情に流されて暴れれば、姉の真実は永遠に闇の中だ」
悠真の拳は震えていた。
悔しさと怒りで涙が滲む。
「……っ、くそ……! ……姉さんは……そんな人じゃない……!」
氷河は冷たい表情のまま、ただ視線を逸らした。
「信じるのは自由だ。だが事実は待ってはくれない」
「テメェ……!」雷太が睨みつけ、今にも突っかかりそうになる。
だが隼人が手で制し、静かに首を振った。
その緊張を破ったのは、乾いた「カシャッ」という音だった。
「……?」悠真が顔を上げる。
工場の外、街灯の下に人影があった。レンズの光が一瞬だけ反射する。
「カメラ……?」氷河が低く呟く。
人影は一瞬こちらを見て、すぐに闇へと駆け去った。
「見られてたか!」雷太が稲妻を散らし、走り出そうとする。
隼人は即座に指を鳴らし、風を走らせた。
「追うぞ! 情報を握ってる可能性がある!」
悠真は燃え尽きそうな心を奮い立たせ、炎を再び灯した。
――姉さんの真実を掴むために。
夜の街を駆け抜ける四人の影。
彼らの胸に、怒りと疑念と焦燥が渦巻いていた。
だが誰も知らなかった。
その夜の出会いが、新たな“影の真実”を暴き出す始まりになることを――。