炎の誓い ― 第四話「氷の少年」
炎の誓い ― 第四話「氷の少年」
蒼井氷河あおい ひょうがの記憶は、白く冷たい夜に始まっていた。
幼いころ、まだ物心がつきはじめたばかりの氷河の家に、見知らぬ黒衣の男たちが押し寄せた。母の悲鳴、父の怒声、そして強引に引き裂かれる腕。最後に見たのは、必死に自分の名を呼ぶ両親の姿だった。
――そのまま、彼らは闇に呑まれた。
以後、氷河は施設で育った。優しい大人もいたが、孤独の穴は決して埋まらなかった。何より、自分の体に宿った“異能”のせいで周囲から恐れられるようになった。泣き叫んだ夜、涙と共に空気が凍りつき、同室の子どもたちが寒さに震えたこともある。氷河は次第に感情を押し殺し、心まで氷のように冷えていった。
――両親は生きているのか、それとも。
その答えを探し続けるために、氷河は今日まで生きてきた。
夜。人気のない工場街を、氷河はひとり歩いていた。月光が金属片を照らし、冷たい風が吹き抜ける。
ふと、耳に轟音が届いた。炎が爆ぜる音と、風がうなりを上げる音。
「……騒がしいな」
氷河は無意識のうちに足を向けた。錆びた扉の隙間から覗いた光景に、目を細める。
そこでは、炎をまとった少年と、風を操る青年が激しくぶつかり合っていた。
炎は獣のように吠え、風は刃となって空気を切り裂く。吹き荒れる衝撃波が鉄骨を揺らし、床を焦がしていく。
氷河は眉をひそめた。
「……くだらない」
彼にとって、力を見せびらかすような戦いはただの浪費だった。自分の力は、そんなもののためにあるのではない――そう思いながらも、目を逸らすことはできなかった。
炎を操る少年。その顔を氷河は知っていた。同じ高校の一年生――篠原悠真。だが学校ではほとんど接点もなく、ただの同級生に過ぎないはずだった。
「……あいつも能力者だったのか」
氷河の胸に、微かなざわめきが生まれる。
炎と風。相反する力が、必死にぶつかり合っている。
その光景は、かつて両親を奪った“何か”の記憶を呼び覚ました。
「……組織が動いている」
氷河はそう呟き、月明かりに銀白の髪を揺らす。
両親を連れ去った連中と、この力を持つ少年たち――何かが繋がっているのではないか。
冷気が氷河の足元から立ち上り、周囲の鉄床を白く染めていく。
炎と風の衝突に、氷の気配がゆっくりと侵入していった。
やがて、悠真と隼人が互いに全力をぶつけ合おうとしたその瞬間――。
「――そこまでだ」
氷河の冷たい声が、戦場に落ちた。
次の瞬間、工場内に氷が走り、炎すらも凍りつかせる。
悠真と隼人は驚愕の表情で振り返る。
その視線の先に、蒼い月光を背負った少年――蒼井氷河の姿があった。
氷と炎と風。三つの力が交差することで、運命の歯車はさらに加速していく。
物語は、次なる波乱へと進もうとしていた。