炎の誓い ― 第十六話「闇と光」
炎の誓い ― 第十六話「闇と光」
地下通路はまるで生き物の喉奥を進むようだった。
湿った空気、低く響く水滴の音、どこからか漂う鉄錆と血の臭い。
悠真たちの足音は石造りの通路に反響し、不気味な緊張が一行を包み込む。
「……この先だな」
隼人が低く呟く。
風が彼の周囲で揺れ、まるで見えない何かを警告しているかのようだった。
そして、曲がり角を越えた瞬間。
「来やがったなァッ!!」
雷太が吠える。
通路の奥から、黒装束の兵士たちが一斉に飛び出した。
無機質な仮面をつけ、刃と銃を構える――組織の雑兵。だが強化処置を受けた肉体は常人を遥かに超えていた。
「数が多い……!」悠真が炎を構える。
「ならまとめて焼き払うだけだ!」雷太の拳に稲妻が奔る。
戦いが始まった。
炎が通路を紅蓮に染め、氷刃が敵の足を封じ、雷が轟音を響かせながら兵を吹き飛ばす。
澪は鉄の棒を拾い、剣道の構えを取った。
「ハァッ!」
鋭い突きと払いで敵を切り裂き、音すら置き去りにする速さで数人を無力化する。
だが――数の暴力は容赦なかった。
敵の一人が雷太の脇腹を刃でかすめ、血が飛び散る。
澪もまた、無数の敵を相手にしながら肩口に深い切り傷を負った。
「ぐっ……!」
「澪ッ!」隼人が風で援護し、敵を吹き飛ばす。
だが雷太も膝をつき、息が荒い。
「脇腹だ……油断した…」
歯を食いしばる雷太。
その身体は血に濡れていた。
その瞬間――。
「大丈夫!」
莉奈が前に出た。
彼女の身体から溢れ出したのは、まばゆい純白の光。
ふわり、と仲間たちの身体を包み込む。
裂けた肉が繋がり、血が止まり、痛みすら霧散する。
雷太が目を見開く。
「お、おい……傷が……ねぇ!? すげぇ!」
澪もまた肩を押さえながら、驚愕の声を漏らす。
「莉奈ちゃん、前も言ったけど……この力……本当に人間のものなの……?」
悠真はただ莉奈を見つめ、胸が熱くなった。
――こんなにも優しい光を持っていたんだ。
「立てる?」莉奈が微笑む。
「当たり前だァ!」雷太が雄叫びをあげ、再び立ち上がった。
「ありがとう…」澪も鉄パイプを構え直し、凛とした瞳を前へ向けた。
光に癒された仲間たちは再び奮起し、最後の兵を打ち倒した。
そして――重厚な鉄扉の前に辿り着く。
「ここが……“核心”の門か」氷河が低く呟く。
隼人が深呼吸をし、仲間たちを見渡した。
「準備はいいな。……ここを越えた先に、答えがある」
悠真は拳を握りしめ、姉の笑顔を心に浮かべた。
――必ず辿り着く。真実に。
鉄扉を押し開けた瞬間、視界に広がったのは――広大なホールだった。
冷たく広がる石の大地。
天井は高く、闇に覆われ、どこまでも深い奈落のように見える。
そして、その中央に――。
漆黒のコートを纏った長身の男が、静かに立っていた。
黒木龍一郎。
「……やはり来たか」
低く響く声は、空気そのものを震わせた。
彼の背後からは黒い瘴気が立ち昇り、壁や床を侵食していく。
光が消え、音が消え、ただ“闇”だけが残る。
隼人がわずかに息を呑んだ。
「黒木龍一郎……闇の執行者…」
澪はその姿を見て、身体を強張らせた。
「……やっぱり、本物……。世界を震え上がらせた怪物……!」
黒木はわずかに笑った。
「お前たちに選択肢は二つ……。生きるか……死ぬかだ……」
その言葉と同時に、闇が渦を巻いた。
腕のような影が何十本も伸び、ホール全体を覆い尽くす。
「来るぞ!!」悠真が炎を纏い、雷太が稲妻を走らせた。
氷河は氷壁を立て、隼人の風が刃を生む。
しかし――。
「無駄だ」黒木の声が響いた瞬間。
炎は呑まれ、雷は掻き消され、氷は砕け、風はねじ曲げられた。
闇はすべてを吸い込み、二倍の力で押し返してきた。
「……これが、絶望だ…ダーク・アーム!!」
黒木の瞳は漆黒に輝き、彼の存在そのものが希望を塗り潰していく。
影の奔流が仲間たちを呑み込もうとした、その時――。
「――もうやめて!!」
莉奈の声が響き渡った。
彼女の身体から放たれた光が、闇を押し返す。
仲間の傷が癒え、砕けた床や壁が音もなく修復されていく。
黒木の瞳が細められる。
「……その力……光か」
莉奈は怯まずに一歩前へ。
「そう。私は“光の能力者”。あなたの闇を――浄化する力を持ってる!」
眩い光がホール全体を照らし出し、黒木の闇と真正面からぶつかった。
浄化の輝きと、破滅の闇。
相反する二つの力が、今、運命を賭けて激突する――!
光がさらに強さを増し、闇の触手を次々と溶かしていく。
悠真が驚愕する。
「莉奈……こんな力まで……」
氷河は黙ったまま、莉奈の背に立ち、冷気の壁で彼女を守った。
「無茶はするな」
「氷河くん……」振り返った莉奈の頬が赤らみ、笑みがこぼれる。
「やだ、カッコいい♡」
「っ……!」氷河は視線を逸らし、耳まで真っ赤に染めた。
雷太はその様子を見て、地団駄を踏む。
「ちくしょーーー! なんで氷河ばっかり!!」
悠真はもう慣れたように、ため息を吐くだけだった。
だが戦況は、確実に変わり始めていた。
莉奈の光が、黒木の闇を一歩ずつ押し返していく。
「あり得ん……俺の闇が……浄化されている……?」
黒木の声がわずかに揺らぐ。
莉奈は強く叫んだ。
「あなたのその力は、人を傷つけるだけ。でも……私の光は、みんなを守るためにあるの!」
眩い光がホール全体を包み込む。
影の奔流が霧散し、黒木の漆黒のコートさえも淡く揺らめいた。
「……小娘……!」
黒木が歯を食いしばり、闇をさらに膨張させる。
しかし、その闇の核へと真っ直ぐに差し込む一条の光――。
莉奈の光と黒木の闇が、真正面からぶつかり合った。