炎の誓い ― 第十二話「闇を裂く誓い」
炎の誓い ― 第十二話「闇を裂く誓い」
夜の倉庫街を、黒き奔流が覆い尽くした。
黒木龍一郎の歩みに合わせ、影は生き物のように蠢き、壁を這い、天井を飲み込み、灯火すらも塗り潰していく。
そこに立つだけで、空気は震え、全員の胸を圧迫した。
「これが……“闇の執行者”……」
隼人の声は低く、だがわずかに震えていた。
澪の顔色は蒼白だった。
彼女は知っている。黒木龍一郎――その名が世界の裏社会に轟くことを。
その男の登場に、幾千の兵ですら膝を折ったことを。
「……あの人は……伝説じゃない。本物の怪物よ」
黒木の眼差しが、悠真たちを見渡す。
「くだらん。火遊びの小僧どもが、ここまで生き残るとはな」
声は低く、だが圧倒的な冷酷さに満ちていた。
次の瞬間。
――闇が爆ぜた。
影は奔流となり、一瞬で倉庫を呑み込む。
鉄骨が軋み、壁が溶ける。
光は遮られ、呼吸さえ重くなる。
「っ……来るぞ!」氷河が叫んだ。
悠真は炎を纏い、雷太は稲妻を走らせ、隼人の風が防壁を作る。
だが――その闇は、全てを飲み込んだ。
「これが……“ダーク・アーム”……!」澪が絶句する。
黒木の右腕から伸びる闇は、まるで無数の鞭のようにしなり、鉄骨を粉砕しながら襲いかかる。
「ふざけるなァッ!」雷太が雷光で迎撃する。
だが、稲妻すら闇に吸い込まれ、かき消された。
「なんだと……!」雷太の目が見開かれる。
「お前たちの力など、この闇の前では無力だ」
黒木の声は冷たい。
次の瞬間、闇の鞭が雷太の胸を打ち据えた。
「ぐあッ!」雷鳴が途切れ、彼の身体が吹き飛ぶ。
「雷太ッ!」悠真が叫ぶ。
炎を爆発させ、闇に拳を叩き込む。
轟音と衝撃。
炎と闇が激しくぶつかり合い、倉庫全体が震えた。
だが、炎は押し返される。
「なっ……俺の炎が……!」
「炎は光。光は闇に呑まれる」
黒木の低い声が、悠真の心を凍らせた。
――その瞬間。
「甘く見るな!」氷河が叫び、氷刃を放つ。
氷の刃は何十本もの矢となり、黒木を包囲した。
だが、闇は渦を巻き、全ての氷を砕いた。
隼人の風が唸りを上げる。
「散れッ!」
暴風が闇を切り裂き、一瞬だけ視界が開けた。
その隙に――澪が飛び込む。
手に握るのは、さきほどまで戦場に転がっていた鉄パイプ。
彼女の構えは美しく、鋭かった。
「ハァッ!!」
踏み込み。突き。払い。
連撃が音を置き去りにし、黒木へ迫る。
――が。
黒木は視線すら向けず、闇の腕をひと振りした。
爆風のような衝撃が走り、澪の身体が宙に舞う。
「澪ッ!!」隼人が叫び、風で彼女の落下を受け止める。
澪は悔しげに歯を食いしばった。
「……やっぱり化け物……!」
黒木がゆっくりと歩み出る。
闇の奔流がさらに膨れ上がり、倉庫を完全に覆い尽くそうとしていた。
悠真の胸に煮え立つような怒りが込み上げる。
――姉さんも、この闇を見たのか。
――これに立ち向かって、命を落としたのか。
「ふざけるな……!」
悠真の全身から炎が爆発する。
「俺は……二度と誰も失わないッ!!」
轟音。
炎が暴走するように広がり、隼人の風、氷河の氷、雷太の稲妻と重なった。
四人の力が束ねられ、巨大な光の奔流となる。
「おおおおおッ!!!」
光と闇が正面から激突した。
轟きは夜空を裂き、衝撃波が街を揺らす。
地面が砕け、倉庫が崩壊していく。
「ぐっ……!」黒木の表情が、初めてわずかに歪む。
押し返すはずの闇が裂け、彼の輪郭が揺らいだ。
だが、黒木は笑った。
「……面白い。少しは楽しませてもらった」
闇が収束し、彼の姿が溶けるように消える。
最後に残された声は冷酷だった。
「覚えておけ。“核心”で待つ」
闇が消え、残されたのは崩壊した倉庫と、荒い息を吐く仲間たち。
「……ちくしょう、逃げやがった……!」雷太が吐き捨てる。
氷河は黙り込み、瞳を細める。
隼人は澪を支え、静かに頷いた。
悠真は拳を見つめた。
血と炎の残滓にまみれたその手が、まだ震えている。
――俺はまだ弱い。だけど……必ず強くなる。
姉さんの仇を討つまでは、絶対に倒れない。
その時、澪が一歩前に出た。
「……“核心”。その名に心当たりがあるわ」
仲間たちの視線が一斉に彼女に向けられる。
悠真は深く息を吸い、焦げた空気を肺に収めながら拳を握りしめた。
――必ず辿り着く。姉さんが残した真実に。