炎の誓い ― 第十話「影を追って」
炎の誓い ― 第十話「影を追って」
――シャッター音。
その刹那に映ったのは、確かにカメラを構えた影だった。
「待ちやがれッ!!」
雷太の稲妻が路地を駆け抜ける。乾いた空気を裂き、夜の街を白く照らす。
人影は闇の中へ消える。まるでこの街の路地裏を知り尽くしているかのように、迷いなく走る。
「速い……!」悠真が舌打ちし、炎を足元に噴き出す。
爆ぜる炎が推進力となり、身体が矢のように加速した。
隼人は冷静に声を飛ばす。
「散らばるな! 俺の風で動きを読め!」
ビルの隙間に風を流し込み、足音と空気の震えを捉える。
「――右の路地だ!」
氷河がその先に氷の壁を展開した。
「逃げ道は塞いだ」
だが人影は怯むことなく、ポケットから金属球を取り出した。
――閃光弾。
「っ!!」
爆発的な光が夜を切り裂いた。
「悠真!」
隼人が叫ぶより早く、悠真の炎が燃え上がり、光を遮断するように壁を作る。
「……ちくしょう、見えねぇ!」雷太が歯を食いしばる。
光が収まった時には、人影はすでに氷の壁をすり抜けていた。
氷が僅かに溶け、蒸気が漂う。まるで――熱を帯びた何かで切り裂いたように。
「何だ……今のは」氷河が低く呟く。
再び走り出す四人。
路地を抜け、大通りに出た瞬間――その人影は立ち止まっていた。
月明かりに照らされ、ゆっくりとフードを外す。
現れたのは一人の若い女性だった。
切れ長の瞳、透き通るように澄んだ眼差し。
長い黒髪が肩を流れ、月光に照らされて艶めく。
すらりとした体躯、女性らしい曲線を帯びたシルエット。
その立ち姿は、ただの一般人には見えなかった。
「……お前は」悠真が息を呑む。
女性は落ち着いた声で名乗った。
「私は――如月きさらぎ 澪みお。フリーのジャーナリストよ」
その瞬間、隼人の胸が一瞬ざわめいた。
彼女の澄んだ眼差しが正面から自分を射抜く。
時が止まったかのように、雑音が消えた。
――なんて、美しい瞳だ。
強さと優しさを兼ね備えた光に、隼人の心は無意識に魅了されていた。
だが雷太が鼻を鳴らす。
「ジャーナリストだぁ? 嘘くせぇな。テメェ、組織の回し者じゃねぇのか」
氷河は冷ややかに見据える。
「……本物かどうかは、すぐに分かる」
隼人は二人を制し、澪へと問いかけた。
「澪……お前は何を知っている」
澪は静かにカメラを下げ、ポケットから一枚の写真を取り出した。
「……これを見て」
そこに写っていたのは、三人の女性。
――真ん中にいるのは、確かに篠原美咲。悠真の姉だった。
「っ……姉さん……!」
そして、その左右に立っているのは――。
左側に澪。
そして、右側には――なぜか妹の莉奈の姿が。
「え……莉奈!? なんで……ここに……?」悠真が驚愕する。
澪は一瞬だけ目を泳がせ、慌てて笑みを作った。
「莉奈ちゃんは……たまたま遊びに来てたの。一緒に撮っただけよ」
その声色には、どこか無理に取り繕う響きがあった。
悠真は混乱しつつも、再び写真に視線を落とす。
ただの犠牲者ではなかった。
姉は確かに、闇と戦っていたのだ――。
澪の声が震える。
「私と美咲は“組織”を追っていた。表では普通の学生、でも裏では……記者のように証拠を集め、命を削ってでも真実を暴こうとしていた」
その眼には、涙が溢れていた。
「美咲は……私の親友だった。……なのに、私は守れなかった」
肩を震わせ、唇を噛む。
「だから誓ったの。犯人を……絶対に見つけるって」
悠真の胸が締め付けられる。
「……姉さん……」
澪は涙を拭い、震える声で続けた。
「美咲は……最後に私へ託したの。――“もし私に何かあったら、弟と妹を守ってね”」
悠真の瞳に熱い涙が溢れた。
心臓の奥で、炎が揺れる。
「姉さん……!」
夜の街は静まり返り、四人と澪を包み込む。
その一瞬の静寂の中で、それぞれの胸に――確かな決意が芽生えていた。