最推しのアイドルに「私と偶然助けた金髪ギャル、どちらが好きなの?」と迫られて。
「はぁ~、今日も最高だったな」
人気女性アイドルグループ『恋するJD』のドームライブの帰り道、俺はライブの余韻に浸りながら、にへら顔で二十三時過ぎの人通りが少なくなった大通りを歩いている。
交差点へ差し掛かろうとした時、俺は確かに歩行者信号が赤であることを確認していた。
「……え?」
すぐ近くまで車が迫っているにも関わらず、金髪ロングの女性がぼーっとしたまま赤信号の横断歩道に飛び出したのだ。
それを目撃した俺は反射的に駆け出し、彼女の腕を掴んで庇うように抱き寄せた。
「危ない!」
直後、クラクションが鳴り響き、車が目の前を通り過ぎていった。
「はぁ……あっぶねぇ」
とりあえず何もなかったことに胸を下ろし、縋るように俺の胸にしがみつく彼女に目を移すと、小さく震えながらも、ふと俺に、怯えたような潤んだ瞳を向けてきた。
「あ、あの…」
「ん?」
「ごめんなさい...少しだけこうさせてください」
「え?」
目に浮かべた涙を二粒ほど頬に伝わらせながら、上目遣いで懇願してきたが、突然の申し出に理解が追いつかず、思考回路から火花が散らし始めた。
「わからないんです…」
「なにが...?」
「これからどうしたらいいのか…」
「どうしたらいいって...何を?」
正直、俺の方が余計にわからなくなった。
一体、どう振る舞ってほしいんだ。
そんな風に訝しんだ眼差しを向けていたからだと思う。
彼女は俯き、少し沈黙したが、何かを心中で確認したかのように小さく頷き再度俺に視線を合わせた。
「話、聞いてくれませんか……?」
急な展開に呆気に取られながらも、弱り切った様子を見せる彼女にとりあえず頷くしかなかった。
場の雰囲気に飲まれたというのが適切な表現だろう。
とにかく俺はきょろきょろと辺りを見回し、目についた交差点近くのファミレスへ彼女の手を引き、入店した。
なるべく話しやすいようにと、人気の少ない窓際の席を選び、向かい合う形で座る。
まぁわかってはいたが、着席後メニュー表を手に取るわけでもなく、窓の外の風景を眺めることもなく、ただお互い、自身の手元へ視線を向け、口を開けることもなく何とも言えない空虚な時間が数分くらい続いた。
居た堪れなくなった俺は、とりあえず何か行動をと、手に取ったメニュー表を開き、その中に自分を隠し、自分だけの世界に引きこもることにした。
その世界でなら、未だに火花が散る思考回路を修復し、この状況を整理し、理解できると踏んだからだ。
その作戦が功を奏し、俺はとりあえずこの沈黙を打破するためのプランを組み立て、実行することにした。
「あの...なんか食べます?」
「いえ、私は結構です...」
漫画やドラマでよく見るような絶妙なタイミングだった。「結構です」と彼女が言った瞬間、彼女の腹の音がなったのだ。
彼女は目を見開き、頬を染め、わかりやすく動揺する。
油断した女性が垣間見せたその姿に、これまた素直に思わずドキッとしてしまい、口角が緩んでしまう。
可愛い…いや、尊い。
こんな感情、推しにしか抱いたことがないのに。全く、今の俺はどうかしている。それでも口角の緩みはおさまらず、それに気づいた彼女は慌てたように視線を動かしだした。
「いや、あの、これは...違うんです!」
「...え、違うって?」
「お腹の音じゃなくて...その」
「お腹、空いてるんでしょう?早く注文しましょ。ね?」
平然を装った口ぶり。
だが俺のにへら顔は相変わらず収まらない。
未だにお腹が鳴って恥ずかしむあの彼女の顔が脳裏から離れないからである。
いや、正直に可愛いすぎ。尊い。推したい。
そんな意味がこもったにへら笑みを浮かべる俺に、彼女は染めた頬をぷくっと膨らませ意地を張る。
「お腹なんて空いてません!ドリンクバーだけで十分です!」
「へぇ、じゃあいいんですか?俺は何か食べようかなと思っているのですがね……きっと食べたくなって、後で後悔すると思うのですが」
「もう!なんでそんな誘惑するんですか!」
「え?誘惑したらダメなんですか?」
「ダメなんです!」
「別にそんなシビアにならずとも良いでしょう。気分が落ちている時こそ、昼夜問わず食べなきゃ」
「だって、そんなことしたら私…」
彼女は誘惑に負けまいと抗うが、迷いに満ちた気持ちが顔に出ており、わかりやすかった。
それがまた可愛くて、尊くて、そんな彼女をもっと見ていたいという下心満載の気持ちでニヤつきながら揶揄いが止まらなくなっていた。
「本当にいいんですか?俺が美味しそうに食べてても欲しくなったりしません?」
「いじわる!卑怯者!」
「いじわるも卑怯もしてませんよ。ちゃんと忠告してあげてるんです。むしろ親切です。その上で最後にもう一度訊きますね。本当にいいんですか?」
「くうぅぅぅ......やっぱり........食べたいです...」
あっさり誘惑に負ける彼女。
ほらな。やっぱり可愛い。尊い。わかたんが最推しだけど、彼女のことも推しちゃうか。
とにかく我慢はしないようなので安心した。
「そうこなくっちゃ!我慢はよろしくないから」
「もう!」
彼女も少しは気が楽になったのか、表情も柔らかくなった。
お互い、少しずつわだかまりが溶けつつあることを確認し、素直に腹が減ったことを認めてハンバーグ洋食セットと、カルボナーラを注文した。
「あ、私、川城 華穂っていいます。すいません、名乗らず話を聞いて欲しいなんて言って」
「いや、いいですよ全然。てか俺こそ名乗らずごめんなさい。九鬼 奏多です」
「くきって、珍しい苗字ですね。どんな字を書くんですか?」
「えーっと、漢数字の九に鬼って書いて、九鬼って言います。いかついでしょ?」
そう言って高笑いし、俺はコーラを飲み干す。
そんな俺に川城さんもくすくすと笑ってくれた。
「確かに。でも見た目とか雰囲気は全然そんなことないです!優しいお兄さんって感じ」
「優しいお兄さんって、なんか照れるなぁ」
「本当のことじゃないですか。こんな見ず知らずの人のために時間を割いてまで話を聞いてくださるなんて...」
「いや、何かかなり思い詰めた様子だったし、その...あんな風に頼まれたらほっとけないですよ」
本題に踏み込もうとすると、一瞬忘れかけていた悩みを思い出した川城さんの表情は、笑顔から一変してまた曇り出した。
その表情に一瞬ためらう気持ちもあったが、俺と彼女がこうして食事をしている一番の理由は彼女の悩みを解決するためだ。
目を背けたい気持ちもあるけれど、ここは潔くズレた論点を軌道修正し、本題の悩みを取り除くことが最適解だと思う。
「あぁ...じゃあそろそろ本題に入りましょうか。単刀直入に訊きますが、川城さんは何を思い詰めているのですか?」
川城さんは俯き、ストローでオレンジジュースをかき混ぜながら、曇った表情でぽつりと呟いた。
「……私、やめるべきなのかなって……」
「やめるとは... 何を?」
「……仕事を」
「ちなみに仕事は何を?」
「歌い手です」
「歌い手、あ!歌手?!」
「は、はい...」
「す、すげぇ!え、CDとか出してますか??」
「あ、いや...私だけのは出てないです。私自身、あまり人気がないので。事実なので」
「すいません」
「いえ...大丈夫です」
「あ、いや、その...取り乱してって意味です」
「...はい」
「あの、本当にすいません」
「いえいえ、人気がないのは事実ですから」
「いや、あのそうじゃなくて...」
川城さんは作り笑顔で大人の対応を見せるも、やはりその笑顔の奥には哀愁を漂わせていた。
はぁ。全く失言した自分を殴ってやりたい。
そんなことを考えていると彼女はか細く、迷いが滲んだ声で話を続けた。
「……新しい子たちが入ってきて、どんどん人気になって、その子たちにおいていかれて。私のことなんてもう事務所は必要としてないんじゃないかって……」
「そんなこと…」
『そんなことないです』なんて、言えなかった。
たぶん言えば、余計に川城さんを傷つけることになると思ったからだ。
借金の取り立てから俺を残し、母と共に蒸発した俺の親父もよく、家庭の存続を危惧する小学生の我が子に『心配するな。借金が返済できないなんて、そんなことはない』と気休めばかり言っていた。
幼心にもその言葉がどれほどにも自分の未来を暗くしていたのか、未だに覚えている。
つまりは気休めでその場しのぎの言葉ほど、冷たく不安にさせるものはないということだ。
俺は少し考えてから、ゆっくりと言葉を選び、紡いだ。
「やりたいところまでやればいいんじゃないですかね」
「え?」
川城さんはみるみると目を見開き、こちらを真っ直ぐ見つめる。
「今は辛いかもしれません。逃げたいかもしれません。だけど逃げるのはいつでもできます。でも今逃げたら、きっともう少しやれば良かったと後悔しませんか?」
「……後悔……でも...」
「本当にどうしようもなくなった時、その時は潔く逃げる。その代わり、そこまでは全力でやる!そうやって決めていたら、きっとどんな形であれ、最後はきっと心残りも迷いもないと思いますよ」
「私...」
「あ!あくまでもこれは俺の経験談なので...」
川城さんは目を伏せ、少しの間沈黙した。
体験談というか、個人的な感想に納得してくれるのかどうか不安だったが、彼女は小さく笑みを浮かべ、頬には涙が伝っていた。
「やっぱり私、もう少しやっていたいです……歌うこと」
「はい!それがいいと思います!」
川城さんが立ち直ってくれたことに安堵したら、自然と笑顔になり、なぜだか、俺は悩みなどなかったはずなのに、晴れやかな気分だ。
ちょうどその絶妙なタイミングで、ようやく注文の品がテーブルに並べられた。
「さ!ここからは楽しくお話ししながら、ご飯を食べましょ?」
川城さんは「はい!」と迷いが晴れたような明るいトーンで頷く。
その後は楽しく談笑し、店を出る頃には深夜一時を迎えようとしていた。
流石に夜道を彼女一人で帰らせるわけにはいかないので、面白おかしいトークを交えながら彼女との帰路を楽しんだ。
だが俺はその帰路の途中、ある違和感を抱く。
彼女の自宅に向かって歩いているはずなのに、なぜか自分の自宅に向かって歩いているのだ。
しかも徐々に近づき、ついには俺のアパートが見えるところまで来た。
「あ、着きました!」
「……ん?」
「ここが私の家です」
「……え?」
川城さんが指差した先には俺のアパートがあった。
「え……」
「え?」
俺は川城さんを見つめる。彼女も不思議そうな顔をして首を傾げながら俺を見る。
「部屋どこすか?」
「あの左側のニ階の角部屋から一個手前の部屋です」
「あの……隠してたわけではないんですけどね」
「ん?」
「あの角部屋、俺の部屋です」
「え?!え?!」
「いや!ガチで今同じアパートであることに気づいたんで!本当に隠してたわけではないんで!」
動揺し、全力で手を左右に振り否定する。
川城さんに確信犯だなんて思われたくないその一心だったから。
けど彼女は意外にも「なーんだ」と言って笑顔になった。
「まさかお隣の方だったとは……運命、ですね?」
くすっといたずらに笑う川城さん。
そんな彼女の言葉と笑顔に、今後の二人の関係が発展することを期待してしまう俺。
しかしながら、そんな期待は友達以上、恋人未満という惜しいものになった。
それでも俺たちは度々一緒に過ごすようになった。
実は華穂も『恋するJD』のファンで、俺の推しの『わかたん』こと、本渡 和歌穂を推していた。
そんなことから意気投合し、時間が合うとお互いの部屋を行き来して、YOOTUBEで推しの過去配信を見ながら彼女の手料理を食べた。
温かい手料理を食べながら、趣味を共有できる相手と同じ場面で一緒に笑ったり、騒いだりして、そんな時間が、俺の中では推し活よりも特別で、愛おしくなっていた。
思えば、蒸発した親の借金を返すために十六の時から二十三で全額返済するまで、推し活以外はただやみくもに働くだけの毎日を送ってきた。そんな俺には到底考えられなかったことだ。
彼女には感謝している。
いや、正直に言えば感謝だけじゃない。
━━俺は川城 華穂に、恋をしている。
今は彼女にこの気持ちをいつ打ち明けるかで頭がいっぱいだった。
そんな気持ちを日々膨らませながら、半年が経った。
唐突にわかたんの卒業が発表された。
急成長を遂げ、次期リーダー候補とも言われた彼女の卒業公演のチケットは販売開始十秒で完売。
もちろん俺が手を出せるわけがなかった。
卒業公演のニ日前の夜。
俺は推しがセンターを務めたライブを見ながら、華穂と手料理を食べる。
「奏多くん、野菜もちゃんと食べてね」
「はーい」
「返事は元気なのに、箸が動いてません」
「えぇ〜、苦いの嫌い……」
「子供かっ!」
笑い合いながら、彼女と夕飯を楽しんでいる。
いつもの穏やかで愛おしい時間があれば、卒業公演が落選したことなどすぐに気に留める必要もなかった。
いつも通り、和気藹々と夕飯を食べ、俺が食器を片付けていると、何やらにやにやしながら手を後ろに組んで近づいてくる彼女が横目に見えた。
「なになに?なんかいいお知らせですか〜?」
「はい!その通りです。奏多くん、驚かないでね……」
すると彼女は何かのチケットを一枚取り出して、俺に差し出した。
「はい、これ!いつもお仕事頑張っている奏多くんにご褒美!」
「え?プレゼント?!ありがとう!......え......これ...」
間違いではない。それは俺が喉から手が出るほど欲しがった卒業公演のチケットだった。
「うそだろ……?」
「うそじゃないよ!」
「取れてたの?」
「いや、他の推し仲間が行けなくなったからってくれたんだぁ」
俺は思わず涙腺が緩んで涙がこぼれた。
「華穂...あ...ありが...ありがとう」
「私は明日から仕事で行けないからさ、奏多くん!私の代わりにわかたんの最後を見届けてきてよ!」
「うん...わがった...見届ける!」
俺は涙を拭い、彼女に笑顔で頷いた。
二日後。
卒業公演はわかたんとの別れを惜しむファンの熱気に包まれていた。
アンコールが終わった後の彼女の顔に涙はなく、晴れやかな笑顔だった。
「わかほのラストランを見届けてくれて...皆!ありがとぉぉぉぉぉ!!!!」
会場はファンの涙と感謝の声でいっぱいになった。
俺も顔をクシャクシャにして、見るに耐えないくらい泣いた。
会場を後にしようとした時、華穂からメッセージが来た。
『ドームの屋外の関係者駐車場で待ってます。警備員はいないから今なら大丈夫です。』
「なんで?」
俺は華穂のメッセージに疑問を呈した。
なぜ駅ではなく、見つかると叱責されるリスクを負う関係者駐車場なのだ?
というか警備員がいないことを知ってるあたり、もうついているのか?ではなぜそんなところにいるんだ?
ダメだ、考えれば考えるほど訳がわからん。
とにかく早く彼女と合流して、関係者に見つかる前にズラかろう。
俺は足早に待ち合わせ場所へ向かった。
なるほど、確かに関係者駐車場の前には赤コーンが置かれているだけで、バーは外されていた。
それに彼女の言う通り、警備員も関係者も、人一人見当たらない。
だとしても関係者以外立ち入り禁止なことに変わりはないのだから、なぜここを集合場所にしたのかわからない。
華穂もライブには幾度と参戦しているようだし、こんなルール破りのようなことを平然とやってのける性格ではない。
あー!やっぱりわからん。
とにかく早く彼女を見つけ出そう。んで注意してやる。
そう息巻いてはいるものの、ライブの関係者に見つからないかと戦々恐々としながら、駐車場の中に入っていく。
外灯の灯りのみを頼りに暗闇の中、目を凝らしながら進んでいく。
「奏多くん!!」
「華穂?」
後ろから聞こえた馴染みのある声に肩をびくっと震わせるも、一瞬の緊張から解放された俺はようやく彼女に会えた安堵の気持ちから笑顔で振り向く。
ちょうど外灯で照らされた位置に立つ彼女。
だがそれは華穂ではなかった。
茶髪の内巻きボブ、そしてぱっちりとした丸目。そしてなによりアンコール時に来ていた純白のステージ衣装がその招待を物語っていた。
そこに立っていたのは間違いなく、俺の推し、わかたんだった。
「な、なんで?」
突然の出来事に俺は困惑して頭が真っ白になる。
目を白黒させながら、無様な醜態を晒してしまったことに恥を覚える間も無くとにかく深々と頭を下げる。
「すいません!!すぐ出て行きます!悪気はないんです!」
「いえ……ふふっ。くっふふふっ」
恐る恐る顔を上げると、意外にも彼女は肩を揺らし笑っていた。
怒られたかったわけではないが、怒られるか、はたまた警備員を呼ばれるとばかりに警戒していたもんで、俺は彼女の無邪気な笑顔に呆気に取られた。
「ふっふふふっ…あ、ごめん、ごめんなさい。違う...違うの」
「そうですよね...僕がここにいるのは違いますよね...本当すいません!」
とにかく大事になる前にズラかるのが得策だろう。
辺りをきょろきょろと見回し、華穂がいないことを確認した俺はもう一度「すいませんでしたっ!」と一礼し、駐車場の出口へ身を翻した。
その瞬間、彼女は俺の腕を掴んできた。
「あのね、奏多くん...」
奏多くん?
彼女は瞳を揺らしながら、俺の名前を確かに呼んだのだ。
そう言えばさっきもだ。
でもなんで俺の名前を知っているんだ?てか、なんで声が華穂と同じになってんだ?
わかたんの声って、華穂よりもう少し高かったような…あれぇ。
「華穂です。奏多くんに私の、わかたんの卒業公演を招待した川城華穂です」
は?
あ、いやサプライズかな。いや、間違いなくサプライズだろ。
こんな夢みたいな出来すぎた展開なんてあるわけがない。
手の込んだサプライズで、全く、また一段と惚れちまうじゃねぇか。
「手の込んだサプライズだな。まじで焦ったし」
「え?」
「いやいや、え?って。もう俺の名前口にしちゃってるじゃん。わかたんが俺の名前知ってるわけないのに」
「あー、そういうことね…って、まぁたしかに……ぷっ!くっ、あはははは」
彼女は腹を抱えて笑い出し、目に笑い涙を溜める。
そんな彼女を見て、俺はますますこの状況が理解できなくなった。
「はぁ、答え合わせしても気づかないとか、ひどいなぁ...確かにギャルメイクを施して、金髪のウィッグまで被って変装してたとはいえさ...半年間、ずっと推しの手料理食べて、推しの動画を本人の横で観てたくせに」
笑いおさまった彼女は目尻に溜まった笑い涙を指で拭う。
華穂は自分が本渡和歌穂である証拠を次々に提示してきたが、特に確信的なものを挙げるなら、俺が入り浸っている彼女の部屋に他のメンバーとわかたんと同じ茶髪の内巻きボブの姿の彼女がピースサインでたこ焼きを頬張る写真だろうか。
それでも俺は事態を理解するまでに及んでいなかった。
「えーっと、写真に写ってる皆さんはコスプレイヤーの方っすよね?」
「そんなわけないじゃん。みんな本人です」
「ガチ?」
「ガチ」
「まじかよぉぉぉぉぉぉ」
照れを頭を抱えて隠す俺に、彼女は子どものような無邪気な笑顔で揶揄うように訊く。
「嬉しい?」
思わず頬を染めながら、気恥ずかしさから俯いて答えるしかできない。だが、ようやく俺は華穂が本渡和歌穂であることを認めることができた。
「嬉しい...すごく」
「よかったぁ」
「ライブ、めっちゃ良かった!感動した!」
「本当?!私もね、あの後号泣しちゃったんだよね」
彼女は夜空を見上げながら、笑顔で語る。
「今日、こんな最高の卒業公演が出来たのも、あの日に奏多くんに出会えたおかげだよ?」
「そんな...結局ここまで頑張ったのは華穂自身だよ。俺はただのきっかけでしかない。」
「そのきっかけのおかげだよ?私はずっと、奏多くんに励まされてた。だからここまで頑張れたんだよ」
そう言うと彼女は少し息を呑んで、真っ直ぐな瞳をこちらに向けた。
「ねぇ、奏多くん」
「ん?」
「奏多くんはさ、本渡和歌穂と川城華穂、どっちが好き?」
いきなりの二択で焦った。
けど答えは簡単だ。悩むまでもない。
俺は本心からの気持ちを声に出して伝えた。
「そんなの決まってるじゃん」
川城華穂、俺は華穂のことが大好きだ。
俺の答えに彼女の瞳が、大きく見開かれる。
「……いいの?推しの前で?」
明らかに目に涙を浮かべる彼女は揶揄うように問いかけてくる。
俺は優しく微笑み彼女に答えた。
「いいんだよ。今まで散々頑張って、応援してきたんだ。わかたんに尽くすのは今日で終わりだ」
「なんか寂しいなぁ」
「俺はステージでキラキラ輝く推しの本渡和歌穂よりも、ひたむきに前を向いて努力を怠らない華穂の方が好きだ。そんな華穂のためにこれからは頑張りたい。そんで一緒にご飯を食べて、笑って、楽しい思い出を作りたい」
「...」
「そんな理由じゃダメか?」
「……ふふっ」
小さく笑い、俺の手をそっと握った。
「めっちゃ最高じゃん!」
「だろ?」
「うん!」
「あ、明日からはさ、ゲームやろ!ほら、次はゲーム配信とかどうだ?俺も付き合うからさ!な?楽しそうだろ?」
「いいね。楽しそう...」
その瞬間、彼女は俺に飛びついてきた。
力強く俺を抱きしめる彼女。
「ありがとう...大好き...ずっとずっと大好き」
彼女の気持ちに応えるように俺も優しく彼女を抱きしめる。
「俺もさ...たくさんの幸せをくれてありがとう…華穂、俺は華穂が大好きだ」
その時の夜空は雲一つない満天の星空だった。
まるで俺たちの今の心境を映し出したかのようなその見事な星空は、一年経った今でも覚えているよ。
「奏多ー!そろそろ披露宴はじまるよー」
「わかったー!今いくー!」
俺の妻、九鬼華穂は最高に尊くて、可愛い。
まだまだ未熟者で勉強中ですので、おかしい点や不明な点、また誤植、誤字、脱字があればぜひ教えてください!
あ、友達のように気軽に教えてくださいね!
もし仮に、上記に当てはまらず、純粋に良かったと思っていただいた場合はお星様★★★★★をお願いします。
めっちゃ喜びます(๑˃̵ᴗ˂̵)