『苦しい思い出』の使い方
今日は面白いものが手に入った。
『苦しい思い出』
同業の友人が王都の裏路地で胡散臭い笑顔で迎える店主のいる店で見かけたと聞いて、早速元金を絞り出しなんとか購入したのだ。
漆黒なんて初めて見る色!
その分値は張ったが、価値は高い。
『幸せな思い出』『楽しい思い出』程の希少価値は無いのだけど、嫌らしい武器を作成する時や貴石にメッキを施すときの材料にして色味を変えたりするのに役に立つ。
分類は魔素や呪詛に近いのかもしれない。
中空に浮いてるそれを集め液状になるまで凝縮し余分な情報を消去後に『苦しい』『辛い』などの負の感情のみを抽出。
それを作成時の材料に滴り落とす感じで作られた武器は、切りつけた後も実際の傷が塞がったとしても『苦しみ』等の負の感覚は癒えず、毒素ではない為解毒も効かず、時間が過ぎるまでどうしようもないという実に嫌らしい物になる。
戦争の武器や暗器に喜ばれる代物。
主な需要はそんなわけで武器になる。
これを施して作った楽器はもはや呪物級。
困った依頼者への嫌がらせの為に手にしている奏者もたまにいる。
逆に宝石などの装飾品にメッキとして施せば『人除け』ができる。
思いによって濃淡が変わり色味のバリエーションが多いが、総じて寒色→暗色の硬質でメタリックな輝きに変貌するのでなかなかに目を引く一方、人が近寄りがたくなるそんな逸品になる。
よく美人で人柄の良い令嬢に人が寄り付かないのはこういった品を身に着けていたりする。
デメリットは『人を選ばない』所だろう。
良い人もよけるというのはいささか不便だ。
研究が進めば、不愉快な人・いて欲しくない人に対してのみ効力を発揮するものができるのだと思う。
身に着けてる人にさえ若干不快感をもたらすというのでは話にならない。
それを知ってこれまた嫌がらせに政敵や嫌いな相手に贈るという酔狂な貴族もいる。
物が物だけに扱ってる店も施せる技術者も少ない。
呪いじゃないから死ぬというのは無いけれど呪いじゃないから解呪は不可能だ。
そんな厄介で実に人間らしい代物だと思う。
大きな都でも扱えるのは1人いるかいないかと推測する。
さびれたこんな農村にまさかいるとは思われないだろうと、人目につかないこの村に移住し私は細々と生活している。
ここの村はのんびりしていて、受け入れられた後は気の置けない関係を築くのにさほど時間はかからなかった。
逆に受け入れてもらうまでの苦労は何だったのかとあの頃を振り返ると誰かに問い詰めたい気分になるくらいだ。
明日ハリーさんの鍛冶屋を借りようかな?
薬師として生活しているから驚くかもしれないけど、きっと何も疑わないで貸してくれるだろう。
何を作ろうか。
私の片翼を切り落とした憎い主敵にどんな武器で漆黒に染まった刃をお見舞いするとしようかな。
そう夢想して特別な容器に入ったそれに頬を寄せると中の漆黒はふるりと私の想いを受け取ったかのように震えた。