不器用なマジシャンの求婚
マジシャンには器用さが求められる、と、多くの人が思っている。間違いではない。全体の流れを念頭に置きながら、相手と話をしながら、気付かれないようにトリックを仕掛けて見せないといけない。頭の回転と、手先の器用さ、相手に悟らせない演技力がある程度必要なのは自明の理である。
しかしながら、マジシャンが器用な性格をしているとは限らない。
マジックバーに勤めている後輩が、自分の働く店に彼女を呼び出した。少し離れたカウンターから、そいつの様子を見ていたのだが、いつも以上に張り切って、いつも以上に声を張って、いつも以上に緊張している様子だった。
それもそのはず。彼は今日、この場で彼女にプロポーズをすると意気込んでいたのを、開店前に聞いていたのだ。
いくらかカードマジックをやった後、ついにその時がやってきた。何もないことを見せたハンカチーフの下から、赤いバラの花束を出してみせ、
「これが僕の気持ちです」
と相手に差し出した。
突然のことに驚いている彼女の目は、花束と彼の顔とを行き来していたが、しばらくして言葉の意味に気付いたのか、花束をじっと見つめる。
私は、その顔が気になった。
……彼女の顔が、徐々に曇りだしていたからだ。
何故かと思い花束を見てみる。そして気付いたのだが……肝心の後輩は、勢い込んでいるままで、まるで気付いていない。
このままではだめだ、と思った私は、一息ついて後輩の下へと歩み寄る。いつもの営業スマイルと口調で、彼女に話しかける。
「バラの花って面白いですよねぇ。色や本数で、その意味が変わってきますから。1本なら『あなたに一目ぼれしました』、2本なら『世界には、あなたと私だけ』……」
後輩からしれっと花束を取り上げて、カウンターに並べていく。唐突な横槍に何か言いたげな後輩だが、一切気にかけず、口を挟ませないように話を進める。
「……10本、『あなたはパーフェクト』、11本、『最愛』、そして最後、12本……『私の妻になってください』」
12本めを置いて、両手を広げる。彼女の顔に、また別の驚きが浮かんでいるのを見て、私は笑みを深めながら軽くウィンクをした。そのまま後輩を振り返り、
「そういうことだろ?」
と囁いたところ、
「は、はい! ボクとけ、結婚してください!」
と馬鹿正直なプロポーズが飛び出してきた。お相手の顔色を見て、問題なさそうだと察した後は、後輩に任せてその場を去ることにした。
袖に隠した、1本のバラと共に。
ちなみに13本のバラだと「永遠の友情、ずっと友達でいましょう」という意味になるそうです。