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悪役令嬢 VS 極悪令嬢

作者: ヤスゾー

 金・名誉・地位……。

 そんなものは、この国では何の役に立たない。

 この国に通用するのは、力。

 ただ己の拳のみであった!




「決~めた、決めた、決めタルト! 僕ちゃんはカスターラとの婚約を破棄しま~す!」


 その夜、女神ベローナを祭る儀式が行われていた。

 女神ベローナを崇拝するバイオレンス国にとって、この儀式は主要行事の一つと言ってもいい。

 庶民達はお祭りを楽しみ、貴族達もお城でパーティを開催していた。


 今年は国王夫妻と二人の兄王子達が留守の為、第三王子のビリーが仕切っている。

 そんなバイオレンス国の貴族が集まる中。

 ビリー王子は、公爵令嬢カスターラとの婚約破棄を宣言したのだ!

 とんでもない事態に、パーティを楽しんでいた諸侯達は騒めく。


「それは何故でしょう……?」


 サイクロン公爵家の令嬢カスターラが、冷静に質問をする。

 しかし、手は怒りで震えていた。


「なぜ、なぜ、なゼリー? はっ! お前の身体、細すぎるんだよ!」


 壇上で喚く婚約者の心無い言葉に、カスターラは顔を伏せ、赤面した。

 細い身体。

 それはバイオレンス国にとって、「恥すべき姿」である。

 周囲を見れば、性別・身分関係なく、どの貴族達も服がはち切れんばかりに筋肉が隆々と盛り上がっていた。女性に至っては、胸は乳房というよりは胸板である。


 しかし、カスターラはそうではない。

 うねる真っ赤な髪の下には、細い首筋。胸部は滑らかな曲線を描き、華奢な身体に細長い手足が伸びている。実に、スタイルのいい令嬢である。だが、他の国ならいざ知らず、バイオレンス国でそれは「不細工」と同義であった。


「見ろ、可愛くもたくましいソフィアを!」

「やだ~。陛下。それほどおっしゃらないでくださいませ。カスターラ様が可哀想ですわ」


 ビリー王子にぴったりと寄り添っている女性は、薄紅色の艶のある髪を揺らした。

 彼女はチンピラ侯爵家の令嬢で、最近よくビリー王子と一緒にいる。今や、自分がビリー王子の婚約者と言わんばかりの振る舞いだ。


「ソフィアの魅力に、カスターラなんか霞んでしまうようかん!」


 口元を緩ませながら、ビリー王子はソフィアの腰に手を回す。

 が、出来ない。

 王子の手は、彼女の背骨までしか届かなかった。それだけ彼女の広背筋は鍛えられており、ドレスの後ろのフックは引き裂かれるのではないかと思うほど悲鳴を上げている。


「陛下、聞いてください!」


 それに比べてカスターラの身体は弱弱しく細い。比べ物にならなかった。


「私は殿下に合わせて、この体型にしたのです」


 ビリー王子は幼少の時から病弱で、身体を鍛える事は不可能であった。

 ろくに外で遊ぶことも、運動もできず、今でももやしのように細い。

 周囲が筋トレに明け暮れている中、一人細い身体では可哀想だと嘆いた王妃から「いずれ妃となるあなたも、身体を鍛えないで欲しい」と頼まれていたのだ。


「ただ、怠けていたのではありません!」

「言い訳なんか聞きたくな板チョコ!」


 ビリー王子はカスターラの言葉を冷たく退けた。


「僕ちゃんはこのソフィアと婚約する! お前には、もううんざり、うんざり、うんざリーフパイ!」

「……わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら」


 カスターラは肩を落とした。

 あの時、約束を交わした王妃はすでに他界をしている。

 それでも、カスターラは律儀に約束を守り続けていたのだ。

 その気持ちを今、踏みにじられた。

 バイオレンス国の人間が、貴族が、それを甘んじて受けるわけにはいかない。


「決闘を申し込みますわ! ソフィア様!」


 大きく目を開き、カスターラはソフィア侯爵令嬢を睨みつける。

 ソフィアは物怖じもせず、不敵な笑みを浮かべた。


「良かったわ~。そのような軟弱な身体なので、私、あなた様が逃げるのではないかと不安でしたの~」


 そして、ソフィアもまた鋭く相手を睨み返す。


「その勝負、受けて立ちますわよ」


 おおぉぉ!!

 貴族諸侯の歓声が上がる。

 バイオレンス国にとって、どんなごちそうより、どんな宝石より、戦いこそが最高の娯楽なのだ。


 ソフィアは檀上から下り、カスターラの前に歩み出る。


「いいぞ! やっつけちゃえ! ソフィア!」


 第三王子の声を背に受け、ソフィアは自信満々に胸を張った。

 こうして並んでみれば、その対格差は一目瞭然である。

 大木のようなソフィアに比べ、カスターラはまるで爪楊枝だ。これでは指先一つで、吹き飛ばされてしまうだろう。


「カスターラ様、どうかご武運を!」


 声援は、カスターラにも贈られる。

 サイクロン公爵家の私設護衛団団長ゲルハルトが心配そうにこちらを見ていた。

 カスターラは彼に向かって、にっこりと微笑んだ。まるで「心配しないで」と言っているように。


「……」


 もちろん、カスターラは負けるつもりはない。

 ただ前を見据え、敵を凝視する。

 彼女はすでに、先手を打っているのだ。


 ■■■


 半年前。


「ここが、女神ベローナのいる霊峰ね……」


 カスターラは、壁のようにそびえ立つ山の頂を見上げた。

 しかし、雲に覆われて、その全貌を見る事は出来ない。


 実は、バイオレンス国が崇拝する女神ベローナは会う事が出来る。

 神様に会うってどういうこと? と思うかもしれない。が、事実、会えるのだから仕方がない。

 ただし、それまでの道のりがとても厳しいものなのだ。

 ベローナは国の中央に位置する霊峰に住んでいるのだが、まず、その山の傾斜が険しい。

 山までは馬車で来られるが、登山道は馬車で通るような道ではなかった。


「お供いたします、カスターラ様」


 団長ゲルハルト=クラーケンが膝を折り、同伴を願い出る。

 ゲルハルトは男爵家の令息だ。家の名を上げる為、公爵家の私設護衛団に入団した。団長にまで上りつめた実績を持ち、人望も厚い好青年である。

 「是非、王家の力に」と、王城からスカウトが来ているというのに、なぜか頑なに拒んでいる。


「結構よ、ゲルハルト。これは私の問題」

 

 赤い髪を風になびかせながら、カスターラはジミー王子の事を思い出していた。


 ジミー王子は、かなり甘やかされて育てられた。

 病弱な王子の身を案じた王妃の命令だ。

 何をしても怒られず、気が乗らなければ公務や勉強すら放棄しても許された。全ては母の愛なのだろうが、おかげでジミー王子は、とんだ放蕩息子になってしまった。

 結果。家同士で決めた婚約者のカスターラをぞんざいに扱い、他の令嬢達にうつつを抜かすようになったのである。


「……」


 このままでは、婚約破棄されるのも時間の問題。

 決闘は免れない。

 戦いの国バイオレンスはトラブルが起きれば、全て決闘で解決している。当然、負ければ地獄。だが、戦いの放棄は更に地獄だ。罰則がついてしまう。

 そこで、カスターラは女神ベローナに力を授かろうと決めていた。

 「自力で強くなろうとしないなんて、卑怯極まりない。悪役令嬢のようだ」と、罵られる覚悟だ。しかし、罰則よりはマシだろう。


「いいえ。山頂までには三つの過酷な試練が待っていると聞いております。か細いカスターラ様には荷が重すぎます。せめて手伝いをさせてください」

「ゲルハルト……」


 ゲルハルトの忠実な心に、カスターラは気持ちが揺れた。

 ジミー王子の愚行が目立つようになると、ゲルハルトの誠実な態度が美しく見える。容姿は人並みだが、上には敬意を示し、部下を思いやり、クラーケン公爵家を命懸けて守ろうとする。

 カスターラが想いを寄せていた時もあったくらいだ。……ジミー王子がいるので、諦めたが。


「わかりました。でも、あくまで手伝いですよ」

「はっ!」


 こうして、固い決意を胸に、一人の令嬢とその護衛は霊峰に足を踏み入れたのである。


 ■■■


「んまあ。女神ベローナに力をもらいに? カスターラ様ったら、よほど余裕がありませんのね~」


 淡い紅色の髪をなびかせ、ソフィアは侮蔑の視線を送った。

 どうせ勝つのだからと、馬鹿にしているようだ。

 だが、カスターラはその挑発には乗らなかった。


「ええ。もう私には、これしか方法がありませんでした」


 今更、身体を鍛えても間に合わない。

 だが、「悪役令嬢」のレッテルを貼られても、これ以上の屈辱を味わうよりいい。


「しかし、その価値はありましたわ」


 カスターラは隠していたものを、手の中で広げて見せる。

 それは小瓶だった。

 デザイン性のないシンプルな小瓶。中身は透明な液体が入っている。


「私は山の中に入り、三つの試練を受けました。


《第一の試練・地獄への階段》!

 一万段の階段を往復五セット。やり遂げなければ、山道を塞ぐ扉が開かない仕掛けなのです。

 私は筋肉痛で苦しんでも、足が思うように動かなくなっても、階段を登り続けました。そして、二週間近くかけて、見事に完遂させましたわ。


《第二の試練・煉獄の鉄門》!!

 五十キロ、百キロ、二百キロある三つの扉が、私の前に立ち塞がりました。もちろん、全て開けなくてはいけません。ゲルハルトが「私が開けます」と助けてくれようとしましたが……、一ヶ月近くかけ、私は全てを開ける事を可能にしました。


《第三の試練・奈落の風》!!!

 風速30m/sを超える暴風の中、羽の生えた小さな妖精を捕まえるという試練です。何度も何度も転び、擦り傷の絶えない毎日でした。しかし、三週間近くかけてコツを掴み、ようやく妖精を捕まえる事が出来ました。


 こうして、女神ベローナに会う資格を得た私は、彼女から「秘薬」を手に入れる事が出来たのです。ごらんなさい! 女神ベローナの力を!」


 カスターラは小瓶の蓋をひねって開けると、その中身を飲み干した。

 中に何が入っていたのかは知らない。

 だが、飲み終わった途端、カスターラの身体に異変が起きた。


「うっ……! ぐっ!」


 うめき声に似た声が、カスターラの喉奥から響く。

 ゲルハルトが心配して、駆け寄ろうとする。

 しかし突如、カスターラの周囲に暴風が吹き荒れ、近づく事は出来ず跳ね飛ばされてしまった。


「カスターラ様!」


 ゲルハルトの声と周囲の貴族たちの悲鳴で、大広間は阿鼻叫喚の巣と化した。


「キャァアアァァァ!」

「おわあぁぁぁ!!」


 ドレスやアクセサリ―が舞い、テーブルが広間の隅に追いやられる。

 だが、しばらくすると、カスターラ周辺の風は収まってきた。


「カスターラ様……?」


 ゲルハルトは我が目を疑った。

 先ほどまでカスターラがいたはずの場所に、たくましい身体を持つ赤い髪の令嬢が立っているのだ!

 腕や足、背中や肩に筋肉がつき、ドレスが引き裂かれそうだ。


「ゲルハルト……。案ずるな。我はカスターラだ」

「カスターラ様!」


 なぜ、声が野太くなっているのかはわからないが、目の前にいる猛者は主人の娘・カスターラ=サイクロン公爵令嬢で間違いないようだ。

 貴族諸侯は騒めく。

 あの細い令嬢が、こんなにもたくましく太くなるなんて……。

 改めて、女神ベローナの力に畏怖の念を抱くのであった。


「あ~ら、やるじゃない」


 周囲の貴族達が、カスターラの変貌に驚いているのにも関わらず、ソフィア侯爵令嬢は全く動じていなかった。

 余裕たっぷりの笑みを浮かべ、挑発的な態度をとる。


「でも、ごめんなさい。貴女が女神ベローナの元へ行くなんて想定内なの」

「ほう……」

「私って用心深いのよ。だから、私も行ってきましたの。女神ベローナのところに」


 可愛らしく微笑むソフィアの言葉は、サイクロン公爵家の人間にとって衝撃的だった。

 カスターラが言うより先に、ゲルハルトが声を上げる。


「まさか、あの三つの難関を突破したと言うのか!?」

「あんなの、まともにやるわけないでしょう~。どこかの馬鹿正直な人達みたいに」


 淡い紅色の髪を弄りながら、ソフィアは見下したように言い放つ。

 怒りで拳を震わすゲルハルトだが、その前にカスターラが歩み出た。


「どういう事だ?」

「第一の試練は、私ではなく従者たちにやらせたわ~。第二の試練の扉は、三つとも大砲でぶっ放しちゃった。第三の試練の妖精はお菓子で釣ったの。知らなかった? あの妖精、甘い物が好きなのよ」

「不正ではないか!」


 ゲルハルトは唇を噛みしめた。

 あれほど時間と労力を使って、カスターラは試練に挑み、勝ち進んだのに。

 ソフィアは何の苦労もしていないで、女神ベローナに会えたなんて!


「何とでもおっしゃい。……で、私も手に入れましたの。ベローナの秘薬」


 先ほど、カスターラが持っていた小瓶を……、ソフィアが取り出した。

 あまりにも不平等な事に、ゲルハルトは拳を床に叩きつける。


「くっ! カスターラ様は何のために苦労を……!」

「いや、ゲルハルト。嘆くのは早い」

「え」

「よく見ろ、ソフィアの持っている小瓶の中身を」


 カスターラに促されるままに、ソフィアの手元をよく見る。

 ゲルハルトは息を呑んだ。

 小瓶の中身は、真っ黒だったのだ!


「同じものでは……ない?」

「もしや、あの三つの試練は挑戦者を振り落とすものではなく、挑戦者の人間性を見るものだとしたら……?」


 嫌な予感がカスターラの背筋を流れる。

 だが、ソフィアを止めるほどの確信が持てない。


「何をゴチャゴチャと……。見なさい。私がもっと強くなる瞬間を!」


 秘薬の違和感に気付きもせず、ソフィアはフタを乱暴に開けた。

 そして、一気に飲み干す。


「うおおおぉぉぉ!!」


 その途端、ソフィアが天井を仰ぎ、咆哮する。

 カスターラの時と同様、風が吹き荒れる。

 だが、その風には色がついていた。

 黒だ。闇のように、何もかもを吸い込みそうな黒い疾風。

 その色に皆不安と恐怖を覚え、悲鳴すらも上がらない。


「ソ、ソフィア……?」


 味方であるはずのビリー王子ですら、檀上で縮こまっている。

 風がもうすぐで収まる……。

 その時だ!


「危ない! ゲルハルト!」

「え」


 漆黒の風の中から、何かが飛び出して来た。

 それがゲルハルトの腹に直撃する。


「うわっ!」


 ゲルハルトの巨躯が床に沈んだ。

 なんと、直撃したのは分銅である。

 鎖で縛られており、その鎖は黒き風の中に繋がっている。


「……クックックックッ。一匹、片付けたぜ」


 風が収まっていく。

 中から出てきたのは……ソフィアだった令嬢である。

 体格も顔つきもそれほど変わっていない。

 だが、明らかに品性が欠けている。ドレスが所々裂けているが、それを恥じらう仕草はない。髪はボサボサに乱れ、メイクがかなり濃くなっている。首から鎖をぶら下げており、鎖の右端には大鎌が、左端には先ほどの分銅がぶら下がっていた。


「さあ、決闘を始めようぜぇぇぇ!」


 ソフィアは鎖を持ち、分銅を回し始めた。

 そして、周囲構わず、それを投げつける!

 鋭く大きな音と共に会場のガラスが割れる。

 テーブルが破壊され、並べてあった食べ物が散乱した。


「きゃあああああ!!」

「逃げろ!!」


 周囲の貴族たちは、もはや高みの見物というわけにはいかなくなった。

 自分の命が危ないと、早々に会場から出て行ってしまった。

 それでも、ソフィアは武器を振り回す事を止めない。


「カスターラじゃなくてもいいぜ! 誰でもいいから、かかって来い!」


 分銅が、大広間の調度品や柱すらも傷つけていく。

 カスターラはゲルハルトの元へと駆け付け、傷口の様子を見る。

 思った以上に深い。


「カスターラ様……」

「ゲルハルト」


 お腹を抑えるゲルハルトの手が赤く染まる。

 今すぐ医者に診せなくては!


「私を置いて、お逃げ下さい……。ここは危険です」


 だが、ゲルハルトは自分の事よりもカスターラの身の安全を優先に考えている。

 ドレスが血で染まっても、カスターラは気にせずゲルハルトを介抱した。


「いや。お主を置いてなど行けぬ」

「貴女様に何かあったら、私は生きてはいけません」

「ゲルハルト……」

「お慕い申し上げておりました。カスターラ様」


 そう言って、ゲルハルトは気を失った。

 自分の腕の中で意識を失う忠臣を見て、カスターラは自責の念にかられた。


(これが私の望んでいた事なのか!? 力を欲した結果がこのような破滅とは……!!)


 目に涙をため、カスターラはゲルハルトの抱く手に力を込めた。


 一方、ソフィアの乱暴は未だに収まらない。


「おいおい! 誰もいないのか!? 俺から行くぞ~?」


 パーティ会場に、人はほとんどいなくなっていた。

 しかし、逃げ遅れた人達がまだ部屋の隅で震えている。

 そんな貴族諸侯を見て、ソフィアは楽しそうに分銅を振り回し始めた。


「じゃあ、一人ずつぶっ潰していくぜ!」

「ソフィア。もう止めて、止めて、止めデニッシュ!」


 あまりの狂暴ぶりに、ビリー王子が飛び出した。

 下手して死者なんぞ出そうものなら、自分の廃嫡だけでは許されないだろう。

 父や兄たちの怒りを考える(もう手遅れのような気もするが)と、止めざるを得なかった。


「やりすぎだよ! これじゃあ、僕ちゃん達、結婚できなくなっチャーハン」

「うるせえぇぇぇ!!」


 バキッと鈍い音をたて、ソフィアの拳がビリー王子の頬に炸裂した。

 ビリー王子の細い身体が小枝のように吹っ飛んでいき、床に倒れる。


「何が、「チャーハン」だ! この野郎! 何でもかんでも、語尾にお菓子の名前を付けやがって! 毎回、こっちはイライラしていたんだよ!」

「痛い……」


 頬の強烈な痛みに、王子は床をもがいていた。

 だからと言って、ソフィアはそれに同情しない。


「大体、チャーハンはお菓子じゃねぇだろう! いきなり、ブレるんじゃねえぇぇ!!」


 とどめとばかりに、ソフィアは王子を蹴り上げようとする。

 周囲の貴族は為す術もなく、目を反らした。

 いくら酷い王子であったとしても、人間だ。酷い目に遭っているところは見たくない。


「おい」


 その前、大きな手がソフィアの肩を叩く。


「あ?」


 誰だと振り返ってみれば、そこにはカスターラの姿があった。

 だが、ソフィアが「カスターラだ」と認識する前に、思いっきり、カスターラの拳がソフィアの顔面を直撃する。


「ぐはっ!」


 突然の攻撃に、ソフィアはよろめく。

 そこに一発、カスターラは下から顎をめがけて、拳を突き上げた。


「おぁっ!」


 声にならない声をあげ、ソフィアは崩れ落ちる。

 大きな音だけが会場に響き渡った。

 ソフィアは白目を向き、手がピクピクと痙攣している。

 もはや起き上がる事はないだろう。


「お、終わりましたの?」

「決着、ついたのか?」

「助かった……」


 逃げ遅れた貴族達が次々と顔を出す。

 パーティ会場は瓦礫や食べ物が散らかり、台風が過ぎ去った後のように凄惨なものであった。


「行こう、ゲルハルト」


 災いを封じたカスターラはそこには残らず、すぐに会場を後にした。

 大切な愛おしい騎士を抱きかかえながら。


 ■■■


 それから、すぐに。

 ベローナの秘薬の効果は切れた。

 カスターラもソフィアも、元の身体・声・性格に戻ったのである。


 帰国したバイオレンス国の王は事情を聞き、ビリー王子とソフィア侯爵令嬢を糾弾。

 ビリー王子は王子の地位を剥奪され、ソフィアの両親チンピラ侯爵夫妻と共に寒さと不毛の土地へと飛ばされたのであった。


 そして、カスターラは……。


「では、あなた。行ってらっしゃいませ」

「ああ」


 ゲルハルト男爵の元へと嫁いでいた。

 本来、公爵令嬢が男爵家に嫁に行くなど、あり得ない。

 しかし、今回、大量殺人事件が起きるところを、カスターラは救ったのである。

 何か褒美を、と国王が言うので、ゲルハルトの結婚の許可をもらったのだ。


「カスターラ」


 ゲルハルトは今、王城に務めている。

 まだ、腹部の傷がうずくが、それでも、並みの兵士より実力は抜き出ていた。完全に回復すれば、昇進は間違いないだろう。


「公爵と男爵では生活が違うだろう? 嫌なら、いつでも離婚しても構わない」

「まあ」


 いつも、ゲルハルトはこれである。

 やはり男爵の身で公爵令嬢を嫁にもらった事に、後ろめたさを感じているらしい。

 確かに、高価なドレスも宝石もここにはない。パーティだってなかなか参加できない。

 だが、そんな事はカスターラには、どうでも良かった。

 後から聞いた話だが、ゲルハルトが今まで王城へのスカウトを断っていたのは、「カスターラの傍にいたかったから」らしい。

 そんないじらしい想いを知ったら、ますます愛おしさが増した。

 ゲルハルトの不安な気持ちを払拭するように、カスターラは夫の胸に顔を埋める。


「力よりも大切なものがあると気付かせてくれたのは、あなたですよ。一生、離れませんわ」


 そう言って、優しく頬にキスを落とした。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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