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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

作者: 壱原 一

玄関の扉の外から、この時季に蝉の声がする。


ぢぃぢぃ、ぎっぎと大音量で、自然豊かな山間の、最盛期の一匹が、紛れ込んでいるかのようだ。


こんなに侘しく寂れた、都市の片隅の団地の最中へ、どうして生じてしまったのか。


排気ガスの油分に、砂埃が纏わり付き、雨で繰り返し塗装され、厚く黒ずんだ外廊下の、蜘蛛の巣まみれの天井付近で、途切れがちに延々と鳴いている。


どれほど力強く呼んだって、しんと押し黙ったこの場所に、しかも肌寒いこの時季に、誰が現れよう筈もない。


身一つを全力で震わせて、弛み、滞った一帯を、高々と貫いて響く声は、いっそ、悲劇的でさえある。


あの声が、両目に突き刺さり、脳を通って、抜けるようで、あまりに激しい音量に、なりふり構わぬ絶叫に、自然と涙液が滲んで、目を擦り、頭を抱えるほど、鮮烈な痺れと痛みを受ける。


もう、そうなってしまっては、してやれることは、なにもない。


してやれることはなにもないんだ。


だからどうかもうなかないで。


どうかもうなくのをやめてくれ。


渋面して、よろめきながら、玄関の扉を開けると、灰色の曇り空が見える。


灰色の曇り空を背景に、湿った柔らかい風が吹いて、上の階からぶら下がる、天井付近の蝉の翅を、微かに、ひらひらはためかせる。


ぢぃぢぃ、ぎっぎと大音量で、途切れがちに鳴いている声は、己を見上げたこちらに気付き、満足したのか、諦めたのか、緩やかに力を失って、蝋燭の火が消える風に、曖昧に、ふんわりと絶えた。


ぎこちなく痙攣しながら、力を出し切った己を、惜しみ、掻き抱くように、細い手足が縮まって、やがてだらりと垂れ下がる。


後には、狂騒から解き放たれ、ほっと息を吐き、目を瞑る、なにをもしてやれないまま、なきやんでもらった、まだ力のない己がのこる。


大音量の残響を、鮮烈な痺れと痛みと共に、両目と脳にこびりつかせ、肌寒さに俯き、肩を落として、玄関の扉を閉めて、温かいねぐらへよろめいて戻る。


そして己の羽化に備える。



終.

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