第九話 購買部の仕入先
話さないといけないことはもう伝えたけど、シェルトさんに立ち上がる様子はなくて。
どうしたんだろうと思ってると、そういえば、と切り出された。
「家はお店をやってるんだよね」
「あ、はい」
「購買の商品の大半はマヨネさんの家が仕入れてくれてるんだね」
うちは生鮮品以外、主に雑貨を扱う店で。購買の商品はほとんどうちから卸してる。筆記用具や参考書の他に、学校で使う備品や専門外だけど制服、売ってない物は注文も受けてる。
「僕、卒業記念パーティーの実行委員で。必要なものは全部購買に注文すれば揃えてもらえるって……」
なんだ、仕入れのことを聞きたかったのね。
卒業式後に開かれる卒業記念パーティーは、毎年特別クラスの人達が有志で企画を立てて準備してくれる。というのも、特別クラスの人達は優秀だから引く手あまたで、進路が決まるのも早い。卒業後は家を手伝う私はともかく、一般クラスの皆は勉強の傍ら進む先を探しているところだものね。
騎士団に入ることが決まってるシェルトさんなら、実行委員なのも納得。きっと素敵なパーティーを企画してくれるんだろうな。
「ちょっとお時間をいただくこともあるかもしれませんけど。大抵の物は揃えられると思いますよ」
普段扱っていなくても伝手はある。私個人にできることはないけど、店としてできることがあればもちろん協力するつもり。
まだ何もしてないのに、シェルトさんはありがとうとお礼を言ってくれた。
「購買の商品、ずっと国か学校が補助を出してくれてるんだと思ってたんだけど。あれ、マヨネさんのところが卸してくれてるからだって聞いたんだ」
購買の商品は普通に店で買うよりも安く買えるようになってる。
理由は簡単。うちの利益をほとんど乗せていないから。少しの手間賃くらいは含まれてるけど、普通に店で買うよりも確実に安くなってる。
「お父さ……父が、学生さんから稼ぐ気はないからって」
私が在学する前、それこそ購買に卸し始めた時から、お父さんはそうしてきた。もちろん私が卒業しても、私が後を継いでからも、できる限りは続けていくつもり。
別に大っぴらに言うことでもないから、学校には生徒に話さなくていいって伝えてある。
シェルトさんがその話を聞いていたのは驚いたけど、別に口止めをしてるわけでもないし。
ただちょっと、私を見るシェルトさんがとってもいい笑顔なのは、なんだか恥ずかしい。
「ずっとお世話になっているのに気付かなくてごめんね。僕が生徒を代表してっていうのもおかしな話だけど。改めてお礼を言わせて?」
「おおおお礼なら、さっき聞いたので大丈夫ですっ。それに、父であって私では……」
あたふたする私にシェルトさんはますます笑顔を深めて、ありがとうと言ってくれた。
恥ずかしくって見ていられなくて、私はまた前を向いてうつむくしかなかった。
他の人の声が急に遠くに霞んで聞こえるような、そんな沈黙。
シェルトさんには申し訳なく思うけど、なんだか居心地がよくて。何か話さないとっていう焦りはなぜかなかった。
「炭、店で売らないの?」
さっきまでの話の続きをするみたいなシェルトさんの声。
気を遣われた様子でもなくて、内心ホッとする。
「炭を、ですか……?」
「消臭剤として売り出してもよさそうだけど」
確かに消臭効果があることを知らない人は多いと思うけど。普通に売ってるものを別物のように売ることはできないから。
「炭自体は売っているので、消臭効果もあるとつけ足しておきますね」
「いや、なんていうか、アオイの記憶にあるものみたいに室内に飾れるようにできないのかなって」
驚いて思わずシェルトさんの方を向くと、シェルトさんはなんだかきょとんと私を見返していたけど。
私にもヒカリの記憶があるのに、炭で飾り物を作るなんて発想はなかった。
基本的に私達自身が商品を作ることはないけど、お客さんの要望を仕入先に伝えたりすることはあって。そうした声からのちょっとした工夫で売り上げが倍になったりすることもある。そのひと工夫を思いつくことがどんなに大きなことか、私達は身を以て知ってるから。
「……シェルトさんってすごいですね」
本当に、心からの言葉だった。
その後すぐ始業前のチャイムが鳴って、教室の違うシェルトさんとはそれ以上詳しく話せなかった。
飾り物については、シェルトさんが考えてくれたということも含めてお父さんに相談した方がいいかと思ったんだけど、本人の許可もなくそんな事もできないから。
翌日、お昼にまた話せたら聞いてみようと思っていたんだけど――。
「私が卒業記念パーティーの実行委員に……?」
「準備期間だけ少し手伝ってほしいらしい。マヨネは進路も決まっているし、短期間だそうだから。引き受けてくれないか?」
翌朝学校に着くなり先生に呼び出されて、卒業記念パーティーの臨時実行委員として指名されたと聞かされた。
一体何がどうなってるの?