第八話 憧れの人との距離
炭のこと、時間はかかってもそのうち性格は統合されること。それをシェルトさんに話したいと思うのに、話すことができないまま日が過ぎる。
朝も昼も放課後も皆に囲まれているシェルトさんに話しかけるなんて私には無理だし、そもそも皆のいる前でそんな話をするわけにもいかない。
以前よりは目が合うことも増えて、その度に少し笑ってくれてるような気もするけど。
ヒカリとアオイはジョシコウセイ同士でも、私とシェルトさんには同学年という以外の接点はないんだもの。
そんな私が話があると呼び出すのも、手紙を書いて渡すのも、絶対にシェルトさんに迷惑をかけてしまう。
変な誤解をされるわけにはいかないの。
私はただ、憧れの人の力になりたいだけなんだから。
友達にはちょっとやりたいことがあるからってごまかして、毎日お昼休みはひとりで中庭に行った。
たまに通りかかるシェルトさんはやっぱり一人じゃなくて、話しかけることなんてできないままだった。
――わかってるの。
迷惑をかけたくないなんて、ただの言い訳。
本当は話しかけるのが怖いだけ。
二人の時はヒカリでも、皆の前では私はマヨネ。
ずっとずっと、遠くから見てることしかできなかったマヨネでしかないの。
意気地のない自分が嫌になる。
ヒカリの記憶を思い出したんだから。
私はヒカリでもあるんだから。
ヒカリみたいに、もっと心のままに動けるようになれればいいのに。
日が経つにつれて、シェルトさんを見るのが悲しくなってくる。
好きとかじゃない。
ただの憧れの、はずなのに――。
シェルトさんは通りかかったけど、やっぱり今日も話しかけられなかった。
どうしよう、もう自宅に手紙を送るとか、衛兵団に匿名で炭を送りつけるとか、他の方法を考えた方がいいのかもしれない。
中庭のベンチでそんなことを考えてたら、うつむく視界に男物の靴が映った。
顔を上げると、日に透ける赤みがかった金の髪。
「マヨネさん。隣、いいかな?」
シェルトさんがそこに立っていた。
皆と一緒だったはずなのに、一人で。
「マヨネさん?」
「あっ、はい、どうぞ」
飛び上がりそうになりながらベンチの端に寄ると、そんなに寄らなくても、と濃い金色の瞳を細めて笑ってる。
どうしてシェルトさんがここにいるの??
「ごめんね、突然」
「い、いえ」
向こうのベンチに人がいるのが見えているからか、ヒカリの口調が出てこない。
隣に座ったシェルトさんの方を見れなくて、前を向いて地面を見たままの私。
失礼なことしてるってわかってるけど、無理。見れない。
「さっき通りかかった時、なんだか悲しそうな顔をしてたから。何かあったのかなって気になって」
シェルトさんの声は優しくて、そんな私の態度を気にした様子もなかった。
でも私はそれどころじゃない。さっきより胸がドキドキしてる。だってシェルトさん、私が落ち込んでるのに気付いて戻ってきてくれたってこと……よね。
「それに、最近いつも中庭にいるよね?」
重ねられた言葉にドキドキを通り越して涙が出そうになる。
……シェルトさん、気付いてくれていたんだ。
ぎゅっと膝の上の手を握って、なけなしの勇気を振り絞る。
「……シェルトさんに話したいことがあって……」
そろりと顔を上げて隣を見ると、少し間を空けて座ったシェルトさんが促すように微笑んでくれた。
私のこんな態度に怒った様子もなくこうして気遣ってくれるし、しどろもどろの私の話も急かさずに聞いてくれる。
やっぱりシェルトさんは優しい人なんだね。
「炭かぁ。全然思いつかなかったよ」
炭の消臭効果はアオイも聞いたことがあったみたい。更衣室や室内訓練場に置いてみるって話すシェルトさん。
「それに、ロブさんも元気そうならよかったよ」
その笑顔が少し曇ったように見えて、やっぱり女の子の記憶が戻ったことを気にしていたんだと気がついた。
アオイもヒカリにそんな話はしなかったけど、普通に考えたらそうだよね。
男の子の記憶と女の子の記憶。きっと私だったら今のこともこの先のことも不安になるに決まってる。
でも、ヒカリと話すアオイには、シェルトさんみたいな優しさも明るさもあったから。
「……アオイって、明るくて気遣いのできる、素敵な人ですよね」
突然そんなことを言う私に不思議そうな顔をしてから、すぐにそうだねと返してくれるシェルトさん。
「シェルトさんと似てるから。だからきっと大丈夫です」
シェルトさんらしいまま、きっと周りにも二人自身にも違和感なく統合できるって、私は思うから。
私の拙い言葉でどこまで伝わったのかはわからないけど。
シェルトさんは少し驚いたように私を見た後、ふっと息をついた。
「……うん。そうだといいね」
今まで見たことのない少し緩んだその表情は、いつもよりちょっと幼く見えて。
だからかな、シェルトさんのことをいつもより近く感じた。