第七話 科学と魔術
転生百万人目特典で消臭剤は作れなかったから、何か他のことで葵の力になれたらいいんだけど。
炭の消臭効果じゃ頼りないだろうし。なんかぱぱっと魔法みたいに……って!
魔法! あるよね?
こっちじゃ魔術っていうけど。不思議な力あるよね!!
わたしが……っていうか葵がそれを使えるようになったら、臭いくらい魔術でなんとかなるんじゃない?
「女神様! わたしじゃなくて葵……シェルトさんが受け取ってもいい?」
「受け取る?」
「シェルトさんが魔術を使えるようになったら、嫌な臭いも感じないようにできるんじゃないかなって」
わたしの言葉に、女神様はすぐに首を振った。
「魔術力を与えることはできないわ」
「シェルトさんには無理なら、わたしでも……」
「あなたにもよ」
女神様、考える様子もなくきっぱり言われた。
これ、ホントにダメなやつだね。
わたしを見る女神様、本当に真剣な顔してるもん。
「転生者は前世の知識……科学知識があるでしょう? それを使えば魔術の効率を上げたり、この世界では説明のできない現象を起こしたりもできる」
燃えるのには酸素が必要、とか。そういうことかな。
確かにマヨネの学校の授業じゃそういうことは習わなかったよね。
こういうことがあったらこうなるってことだけで。どうしてそうなるかまで突き詰めて教えるような授業じゃない。
酸素とか。聞かないもん。
息をするのにも、酸素じゃなくて空気が必要ってだけで――。
はっと気付いて女神様を見ると、女神様は仕方なさそうに頷いた。
「本人がそれを悪用すると思っているわけではないけれど、それをこの世界の人に見せることで起こり得る影響は少なくはないわ。バランスを崩すことになりかねない」
魔術で空気中の酸素を増やしたり減らしたりすることで、どういうことが起きるのか。
それを知らないこの世界の人からすると、理由なくいつもより火が燃えたり息ができなくなったりしてるように見えるってことだよね。
わたしからすると魔術だって十分不思議なものなんだけど。こっちは魔術で色々できるから、科学は必要ないんだろうな。
「これだけの転生者がいるからそのうちに広まるでしょうけど、できれば魔術と関連する認識から入ってほしくないの。だから転生者に魔術力を与えることはできないわ」
そうはっきり断られたけど、もちろんごねる気なんてないよ。
便利なのは嬉しいけど、物騒になっちゃったら嫌だもんね。
それにしても、やっぱり女神様は神様なんだね。この世界のこと、たくさん考えてる。
今はジャージじゃないから、どこからどう見ても神様っぽいしね!
結局わたしが葵にしてあげられることは何もないみたい。
わたしは特に困ってることもないから、葵のために使えたらなって思ったんだけど。
せっかくだからお茶していきなさいよって、女神様はまたケーキを出してくれた。今日は私のリクエストでチョコレートケーキとカフェオレ!! もし次があるなら何頼もうかな。
「そうそう、ロブがね、あなたに話があるんですって」
今日はわたしと同じチョコレートケーキとコーヒーの女神様、そう言ってまたわたしのうしろを見た。
振り返ったらロブが……って思ったんだけど、おじさんしかいないよ?
四十二歳のお父さんよりもうちょっと上かな。金髪に青い目……ってやっぱりロブ?
なんでおじさんになっちゃってるの?
「葵とはこの姿で会ったから。話を合わせておいてね」
若い姿で話しても説得力がないから、説明する時はおじさんやおじいさんの姿なんだって。
「彼女、元が女性だってことを打ち明けてくれなかったから。あまり説明できていなくて気になってたんだ」
また若い姿に戻ったロブは、女神様の隣でコーヒーを飲みながらそう話してくれた。
「僕が会いに行けるのは一度きりだから。君から彼女に伝えてもらえたら、と思って」
「伝えるって何を?」
ロブは性別が入れ替わって転生した人達のことを教えてくれた。
同性より時間はかかるけど、そのうちに違和感もなくなるんだって。
「本人が受け入れようと思う姿勢にも影響されるから、かかる時間は人によりだけど。長くても十年もすれば統合されるよ」
わたしとマヨネもそうらしいけど、そのうちどっち寄りの考えとかじゃなくて、自然に二人分の記憶を持つ一人として過ごせるようになるんだって。
ラノベの異世界転生だったら、転生した人の思考になるからいきなり性格変わっちゃったりするんだよね。
同じ転生でも、わたしはわたしでマヨネはマヨネ、今はちょっと違う考えのところもある。でもそれもそのうち気にならなくなるのかな。
「誰だって時を経て経験を積めば、性格も少しずつ変わってくる。統合されてるといってもその範疇だよ」
落ち着いたロブの声に、なんとなく、そっか、と思う。
記憶はふたつでも、魂は同じ。わたしが消えるでもなく、マヨネが消えるでもなく、わたしとしてマヨネとして生きていけるようになるのかな。
今でもわたしはわたしで、それと同時にマヨネなんだって思うけど。
そのうちそんな区別もなくなっちゃうのかもしれないね。