第六話 前世の記憶とこの世の発展
家に帰ってきた私は、部屋で今日の幸せな時間を思い出していた。
シェルトさんの隣に座っちゃった。間近で見てもやっぱりかっこいい。
それに初めて話したんだよね。アオイとヒカリで話したようなものだけど、それでも嬉しい。
あんなにたくさん話すことができる日が来るなんて、思いもしなかったな。
私がヒカリの記憶に引っ張られたように、シェルトさんもどっちかというとアオイ寄りの言動だったんだろうけど。汗臭いのが苦手と言いつつ、それでもお父さんや衛兵の人達に対しては嫌悪感どころかちゃんと敬っているのが伝わって。
そういうところは、シェルトさん自身がそう思っているからなんだろうな。
そんなところも優しくて。色々話が聞けて嬉しかったし、ますますシェルトさんを素敵だなって思えた。
……でも、シェルトさんの悩みはちょっと心配。何か私にできること、あればいいのに。
そう思ってから、ふと気付く。
私にできること。私にしかできないこと。あるかもしれない。
また真っ白な場所に来てた。
女神様、今日は最初っからジャージ着てるんだね。残念。
「女神様。導かなくてもいいなら、どんな目的で能力をもらってもいいの?」
多分わたしが聞きたいって思ってることがわかってたから、ここに呼んでくれたんだろうけど。
それでも口に出してそう聞くと、女神様は優しい顔で頷いてくれた。
「ただし、あまり余計な影響を与えそうなものは却下するわよ」
「水道は?」
「あれは確かに影響の大きいものだけど、この世界で実現不可能な技術というわけでもないから」
うーん、わたしには判断が難しそう。
だめならだめって言ってくれるよね。
そう思って元の世界にあった制汗スプレーや消臭剤なんかを作って広めたいって話したら、女神様はとたんに難しい顔になった。
「仮に私がその原理や製法をあなたに伝えたとして。それをこの世界にあるもので作ることは、現時点では不可能でしょうね」
だよねぇ……。
よくわかんないけどナノだのミクロだの書いてたもんね。この世界にはまだ顕微鏡とかなさそうだし。
何か他に役に立ちそうなのないかな?
うちはママが……ママとわたしが色々やらかして、パパが仕方ないなぁってフォローしてくれてたから。パパなら何か思いつくかもしれないのに、なんでわたしはパパじゃないんだろ。
家に何かなかったかなって考えて。
靴箱とか押入れに入ってた物を思い出した。
「炭……は?」
炭には消臭効果があるって言って、パパが「炭だけに隅に」とかさっぶいオヤジギャグ言いながら置いてた!
燃料としてしか使ってなくても、こっちの世界にも炭はあるもんね?
消臭剤ほど効果はなくても、少しくらいはマシにならないかな?
じっとわたしを見る女神様の顔は、やっぱり子どもを見守るようで。
格好はジャージだけど、やっぱり神様なんだね。それだけでなんだか安心できちゃうんだもん。
「今の状態で成り立っているとは言っても、決して発展を望んでいないわけじゃないのよ。転生者たちが前世の知識からこの世界になかったものを作り出しても、別にそれでもいい。ただ、私がそれらの流れに手を貸すことはない、というだけ」
つまり、使っていいってことだよね?
「ありがとう、女神様!」
「私は何もしていないわよ」
ふふ、と笑う女神様はとっても綺麗。
ジャージだけどね。
それにしても。前世の知識を使うことは別にいいんだね。
でもだったら。百万人も転生してるんだし、この先もっと色々便利なものできるかもしれないよね。その分危ないものも増えるかもしれないけど。
まぁわたしには作り方も何もさっぱりだけど……。
……って、あれ?
凡人ばっかり転生させたのって、もしかしてそういうこと??
「どうかした?」
じっと見ちゃってたから、女神様がそう聞いてくれた。
「……女神様、どうしてジャージ着てるの?」
どう選んで転生をさせたのかなんて、きっとわたしが知らなくてもいいこと。
だから考えてたことは別のことを聞くと、女神様はちょっと顔を赤くして、だって、と呟く。
「あなたがあんまり見てくるから……」
「だって。そこに綺麗なものがあったら見ちゃうよね」
女神様、驚いたように暫くわたしを見つめてから、そそくさとジャージを脱いでくれた。
うん。女神様らしさがアップしたね!