第五話 推しのユウウツ
あんまりマヨネって言うたびに笑うから、ふたりの時はひかりって呼んでもらうことにした。
シェルトさんは葵って呼び捨てでいいんだって。
ちょっと話そうってなって。中庭のベンチにふたり並んで座った。
「ひかりは思い出したばっかりなのに落ち着いてるよね」
「なんか偶然会った転生者の人に教えてもらったの」
落ち着いてるっていうか、女神様から色々聞いたからそれどころじゃないっていうか。でも女神様のことって話していいかわからないよね。
だからそうごまかしたのに。
「もしかしてロブさん?」
葵の口から出てきた名前に、私の方がびっくりした。
「葵ってロブのこと知ってるの?」
「うん、僕も最初に知り合ったのがロブさんで。色々教えてもらったんだ」
ロブは転生者に説明するのが役目って言ってたけど、こうやって思い出した人に会いにいってるのかも。
「一年以上前かな。あれきり会わないけど、元気にしてた?」
元気も何も。わたしの目の前で女神様といちゃついてたけど。
でもそんなこと言えるわけないから、普通に頷いといた。
「この学校には他に転生者はいないみたいだけど、多分ラブとドリームの親は転生者だろうなって」
名前からしてそうだもんね。
元の世界ではキラキラネームでも、こっちだとそんなに違和感ないけど。
ふっと目があった葵が真顔のまま吹き出して慌てて顔を逸らした。
だから! わたしの名前だっておかしくないんだからねっ!! 普通なんだからね!!!
もういい加減ツボから出してってば!!
女神様とロブの話だと、転生前の記憶は今の年齢と同じところまで思い出すらしくって。
葵の十六歳の時と、わたしの十六歳の時。同じじゃないけど、そんなに違わないみたい。観てたテレビとか漫画からすると、葵の方がちょっと年上だったのかな。わたしが結末を知ってる漫画、葵はまだ知らなかったりするし。
「そんな展開になってたんだ」
こんなだったよ、と話すと喜んでくれた。葵の好きな漫画、わたしも読んでてよかったなって思ってから気付く。
これって思いっきり少女漫画なんだよね。
もちろん男の子が少女漫画読んでも、女の子が少年漫画読んでもおかしくない。けど、なんていうのかな。
ここがいいよねって話してる葵、もちろん姿も声もシェルトさんなんだけど、考え方とか感じ方とか、そうそうって思えちゃうんだよね。
ちょっと考えてから、別の少女漫画の話を振ってみる。好きそうかなって思ったんだけど、やっぱりそうだった。
ストーリーもまぁそれなりになんだけど、それより何よりタイプの違うイケメンがたくさん出てきて。こういうのって皆それぞれ推しを作るんだよね。
「葵は誰推し? わたしはアヤトが好きだったな〜」
「え〜? 私は断然ヨウさ――」
葵を見ると、固まってる。
今、『私』って言ったよね。
「うん。転生前は女の子だった」
葵、しょんぼり下を向いて。ごめんねって言ってくれる。
「この姿のイメージを崩すかなって思うと言えなくて」
「気にしなくていいのに」
そんなことまで気を遣ってたんだね。
葵、いいコだよね。
女子高生同士、仲良くなれたらいいんだけど。
改めてよろしくねって言うと、葵も笑って頷いてくれた。
それにしても。
女の子の葵が男の子のシェルトさんになっちゃったんだね。
マヨネとわたし、考え方が違うところもあるけど、それでもマヨネはわたしでわたしはマヨネってわかるから。わたしがマヨネであることに、そんなに違和感はない。
でも、男女ならどうなんだろう。
そんな風に思えるのかな。
いつも結構人がいる中庭なのに、今日に限って全然人が来なくって。
お陰で葵とゆっくり話せた。
きっと女神様が手を貸してくれてるんだよね。
卒業後の進路の話になって。
騎士団に入るんでしょって聞いたら、葵はものすごく困った顔になった。
「シェルトもなりたいっていうより、ただ流されていっただけなんだよね」
お父さんもお兄さんも騎士で、シェルトさん自身も才能があったから、自然とそういう流れになったらしいけど。
「他にやりたいこともなかったし、それでもいいかなって思ってたんだけど……」
葵が大きな溜息をついてうつむいた。
「……衛兵団に父さんと元騎士団の人たちが派遣されてるでしょ? 私も詰所で皆と一緒に稽古をつけてもらってるの」
うん、それで王都の騎士団に推薦されたって聞いたよ。
下を向いたままの葵は、もう一度溜息をついた。
「……仕方ないってわかってるけど、汗臭くって……」
ちょっと申し訳なさそうな声で続ける葵。
確かに前の世界みたいに、制汗スプレーとか消臭剤とか布に何やらとかもないもんね。
それでゴツい男の人がたくさん……うん、想像しただけで汗臭い。
「元々……シェルト自身もちょっとそう思ってたんだけど。私の記憶が戻ってから、なんだか余計に苦手になっちゃって……」
そうだよね、前は除菌や消臭も当たり前だったもんね。
わたしだって気になることもあるよ。マヨネの記憶があるからこんなものかなって思っちゃうけど。
シェルトさん自身も苦手にしてたなら、余計気になっちゃうんだろうね。
葵が転生したって気付いたのは去年の年明けで。その頃にはもう騎士団への推薦の話が出てたんだって。
「だから、騎士団に入るの憂鬱で仕方ないよ」
ひとつ屋根の下ラブコメディ
『寮母ちゃんは今日も忙しい』
高校生二年生のミハルは入院した叔母の代役で、同級生でいとこのリクと一緒に学生向け食事付きアパートの臨時寮母に。
男子専用の寮には六人の住人が。
ヨウ(20)大学三回生 落ち着きのあるお兄さん
ユキ(20)大学二回生 実はワンコ気質の俺様系
ソウタ(19)大学生二回生 体育会系頼れるアニキ
アヤト(18)大学一回生 優しい王子様タイプ
ミズキ(17)高校二年生 気儘な猫系
レオ(16)高校一年生 人懐こい小動物系癒しタイプ
気遣い上手のリクと一緒に、今日も皆が元気に過ごせるように頑張るミハルの恋と青春の物語。
コロン様主催の「菊池祭り」版の短編を投稿しております
『菊池美遥は今日も忙しい』
https://ncode.syosetu.com/n2650jh/