第四話 マヨ
次の日の朝、私は緊張して外に出た。
ヒカリの記憶が戻ってから、学校に行くのはもちろん、外に出るのも初めてで。おかしく見えてたりしないかとビクビクしながら街を歩いていく。
あの後も女神様とロブさんが色々説明してくれた。
私がロブさんをそうだと感じたように、思い出してからならテンセイシャ同士気付くことができるんだって。ハルエルムの街は王都ほどじゃないにしても大きな街だし、確かに実際こうして街を歩いてるとちらほらテンセイシャだとわかる人もいる。
開店準備をしていた貸本屋の店長さんも私を見てちょっと驚いてる様子だった。
でも、百万人もいるなら街なかにもたくさんいるかもって思ってたんだけど、そこまでじゃないかな。
まだ思い出してない人だけじゃなく、ずっと思い出さないままの人もいるって、女神様が言ってたもんね。
学校に着いて教室に行く途中、いつも通り中庭に人だかりができていた。
男の子にも女の子にも囲まれている、頭ひとつ高い赤みがかった金髪の男の子。
成績優秀な子が集まる特別クラスのシェルトさん。
金にオレンジを混ぜたような温かみのある色の瞳はいつも皆を優しく見てる。
騎士として叙勲を受けたお父さんと、王都で騎士をしているお兄さんがいて。シェルトさんも卒業後は王都で騎士団に入る予定らしい。
容姿も家柄もよくて、頭もいいし運動だってできる。でもそれを自慢するようなこともなくて、誰にでも優しい。
入学式の新入生代表挨拶で初めて見てから、かっこいいなぁとは思ってたけど。気になり始めたのは去年から。
笑顔を絶やさないのに時々誰も見えていないような――ひとりぼっちのような顔をしているのに気付いてから。
私からはキラキラして見えていたシェルトさん。どうしたんだろうと気になって遠くから見てるうちに、ものすごく気を遣って生きてるんじゃないかって思えた。
好きとかじゃない。
かっこよくて優しくて何でもできる彼への憧れと、ほんの少しの心配。ただそれだけなの。
同じ特別クラスの双子のラブさんとドリームさんとか、周りは優秀な人ばかり。私みたいな普通の子はすれ違った時に会釈するのが精々だし、向こうは顔も覚えてないだろうから。憧れるけど、好きになっても仕方ないってわかってる。
いつものように少し離れたところを通り抜けようとした時、ふと感じた覚えある感覚に顔を上げる。
さっきより近い位置。笑って話していたシェルトさんがすっと私を見た。
一瞬合った目を慌てて逸らして足早に通り過ぎる。
心臓がバクバクしてるのは、憧れの人と目が合ったからじゃない。
覚えある感覚は、昨日ロブさんに感じたものと同じ。
シェルトさんって、テンセイシャだったの??
「君もそう、だよね?」
お昼休み、中庭で。
友達が急に先生に呼び出されちゃったからひとりでお昼を食べてたわたし。
いっつも誰かと一緒の『憧れの人』がひとりきりで話しかけてきた。
マヨネだったらオロオロしそうだけど。今はひかりの意識が強いから平気。
「そっちもだよね」
周りが転生者だけになった時は、前世の記憶に引っ張られやすいってロブが言ってた。転生前と後の記憶、というか人格が馴染むまではそっちの方が楽なんだって。
だからかな、マヨネだけどひかりの言動が出ちゃうみたい。
「わたしは佐倉ひかり」
「……僕は柿谷葵」
ラノベの王子様みたいな金髪に蜂蜜色の瞳のイケメンの口から、日本人でしかない名前が出てきたよ。
やっぱり転生者だったんだね。
「その……今まで違ってたよね?」
「昨日起きたら思い出したの」
彼からすると今日急にわたしが転生者になってたから驚いたんだろうけど。
って、ちょっと待って?
「わたしのこと知ってるの?」
「知ってるよ。通常クラスのマヨネさん……」
名前まで覚えてくれてるんだ、とちょっと喜びかけたのに。
なんかぶふっと吹き出された。
「……ご、ごめん、マヨネさん……」
口元を手で覆って視線を逸らされる。肩が思いっきり揺れてるんだけど。
わたしだって思ってたけどツッコまずにいたのに!!
「……マヨ……」
自分で呟いといてツボってるよね??
こっち見れないくらいめっちゃ笑ってるよね??
違うもん!
マヨじゃないもんマヨネだもん!!
っていうか、両親だってそんなつもりなかったんだから!!
この世界にマヨネーズなんてないんだからねっっ!!