第三話 わからないこととわかること
何をすればいいのか聞いたわたしをじっと見つめてから、女神様は優しく笑った。
「わからないわ」
わからないって……。
女神様がわからないことを、わたしがわかるわけないよね。
ちょっとムッとしてると、女神様にくすくす笑われる。
「だって、必要なさそうじゃない?」
そう言う女神様は、なんだかお母さんみたいな顔をしてて。
見守りながらこっちに任せてくれてるような。そんな感じがした。
「じゃあなんで……」
「まぁ権利として受け取れるってことは伝えておかないといけないから。別に使わなくてもいいわよ」
必要ないならなんでって思ったけど。女神様にも事情があるのかな。
「そうなの?」
「ええ。今まで何人か資格のあった人もいたけど、受け取ったのはふたりだけ。あとは皆、必要ないからって」
断ってもいい……ならちょっと気も楽だよね。
ほっとしたのはすぐバレて。女神様にまた笑われた。
でもなんだか女神様も安心したような顔してるよね。
「急ぐ必要はないわ。ゆっくり考えてね」
「はーい!」
元気ね、と笑う女神様。
ほっとしたらお腹も空いちゃったし、多分夜中だけどケーキ食べちゃおう。
この世界には電気はないけど、保冷庫用の氷は結構安い値段で配達してもらえるんだよね。
魔術力ってのがある人がたまにいて、その人が国に雇われて氷を作ってくれてるんだって。
ありがたいけど。毎日毎日氷を作るのって飽きないのかな?
でも戦うよりはそっちの方がいいよね。
美味しいケーキを食べながら、そういやケーキはあるなぁとか、柔らかいパンも増えてきたなぁとか。そんなことを考えてた。
この世界は前の世界に比べてものすごく便利でもないけど、困らない程度にはなってるんだよね。電気とかない分は魔術力を持った人がカバーしてる感じで。
どうせだったら皆がもっと便利に暮らせるようになる能力をもらったらいいんじゃないかな。
そういやもらった人がふたりいるって言ってたけど。どんな力をもらったんだろ?
「ひとりは上下水道の知識ね」
教えて欲しいって言うと、女神様はわたしのカップに紅茶を注いでから話し始めた。
「二人目の資格者だったわね。不衛生で我慢ならないって言って、こちらでも無理なく使える上下水道を国中に広めたのよ」
確かに蛇口をひねるとどこでも水が出たりしないけど、建物の一階までは水が来てるし、トイレも手動だけど水流せるし、流れていった水はどっかで処理されてるって聞いたことある。
これって転生者のお陰だったんだね。
「もうひとりは直接聞いたら?」
「え?」
女神様がそっちとわたしのうしろを示す。振り返ると、海外の俳優さんみたいな金髪に青い目の若い男の人が立ってたけど。
どうしてかわかんないけど、わかる。
彼も転生者なんだって。
「はじめまして」
「は、はじめまして」
男の人はにっこり笑ってから、わたしの横を通って女神様の横に座って。
って! 女神様のほっぺにちゅーしてるよ??
え? あれってあいさつ?
「僕が願ったのは彼女とともに生きること。そのために今はreincarnated peopleにある程度の状況を説明する役に就いているよ」
なんか一か所めちゃめちゃ発音のいい英語? が混ざってたんだけど??
だめだよわたし英語どころか日本語も怪しいんだから!
わたわたしてると、女神様があぁ、とやっぱり残念そうな顔をしてわたしを見た。
「転生者、ってことよ。こちらの世界にない単語は転生前の言葉になるのよ。まぁここではあなたの言葉で聞こえるようにしてあげる」
「僕はアメリカ人だからね。英語が聞こえたんじゃないかな」
よかった、普通に聞こえるようになったよ。
女神様の腰に手を回して引き寄せてそう言う男の人に、女神様もロブったら、とか言いながら笑ってる。
らぶらぶだね……。女神様、上がジャージじゃなきゃ美男美女で映画のワンシーンみたいなのに。
でも、上下水道はともかく、そんな自分勝手な理由でも力をもらえるんだ?
「……じゃあ、話したいって思った人と話せるようになったり、とかもできちゃったり?」
頭の中に浮かんだのは、ちょっと赤っぽい金髪に、蜂蜜みたいな濃い金色の目の男の子。
マヨネがずっと憧れてる特別クラスの同級生。
恥ずかしがり屋のマヨネは挨拶すらまともにできなくて。遠くからちらっと見てるのが精一杯なんだよね。
付き合いたいとかじゃないんだけど。もうちょっと話せるようになれたらいいのに。
わたしが誰のことを考えたのか、女神様にはわかったみたい。
「能力を得なくても、もう話すきっかけはあるんだけど。少しだけ手伝ってあげる」
そう言って微笑む女神様は、やっぱりとっても綺麗だった。
……ジャージだけどね。