第十二話 これ以上はダメ
「だからここを押さえて、こっちから回して……」
「ちょ、ちょっと待って! もうちょっとゆっくりやってもらっていい?」
「これってこの長さに合わせたらいいんだよね?」
教室のあちこちで、皆が机を囲んであれこれやってる。
今日は朝からこんな感じ。皆張り切ってるよね。
それにしても。まさかこんなことになるなんて思ってなかったな。
ワイワイ言い合う皆を見ながら、そんなことをぼんやり考えてたら。
「ちょっと、シェルトさん来てるよっ!」
バタバタと外から飛び込んできた子の言葉に、皆慌てて机の上の物を隠す。
「なんで昼休みに〜〜?」
「マヨネ! そっち任せたからっ」
「そこ見えてるよ」
ぽいっと教室から放り出されたところで、前まで来ていたシェルトと鉢合わせた。
「……マヨネ?」
突然転がり出た私に、シェルトは驚いた顔してる。
「こ、こんなところでどうしたんですか?」
「マヨネにちょっと話があって……」
あぁもう恥ずかしいよ……。
廊下もなんだし中庭へって言って、なんとかシェルトをその場から連れ出すことはできた。
教室の中、見られてないよね?
中庭に来てベンチに座る。またそんな端っこにって言われたけど、今度は笑われなかった。
「ごめんね。昨日のこと、謝りたくて」
「謝る?」
謝られるようなことをされた覚えはないんだけど。
どうやら不思議そうな顔をしてたみたいで、シェルトは少し困った顔で頷いた。
「マヨネに失礼なこと言ったかなって……」
そう言われても、思い当たることなんて――って、私がシェルトを怖がってるって、アレのこと??
そう気付いて、今の自分の位置にも気付く。
こうして離れて座るのも、怖がってるからって思われてるのかもしれない。
「わっ、私の方こそごめんなさい。本当は、こうして話すのにも慣れてなくて……」
本当は相手がシェルトだからなんだけど。それを言うとまた誤解されそうだしやめておいた方がいいよね。
「だから、怖いとかそんなことは全然ないから……」
「うん。怖がらせてないならいいんだ」
とにかくそうじゃないってことは、シェルトもわかってくれてたみたい。
私を見る目は変わらず優しい。
「勘違いしててごめんねって。マヨネに伝えたかっただけ」
「そんな……シェルトが謝ることじゃないですよ」
シェルトは頷いてくれたけど、なんだか表情が少しだけ曇ったように見えた。
私、何か気にするようなこと言ったかな……?
「そ、そういえば。もう放課後迎えに来なくても、一人で行けるので大丈夫で――」
「マヨネ」
空気を変えようとして、今日の放課後に伝えようと思っていたことを言いかけたら、なんだか真剣な声で名前を呼ばれた。
私を見るシェルトはちょっと緊張したようにも見えて。いつもと違う様子に胸がざわめく。
「どうして僕にだけいつまでも丁寧なの?」
「えっ??」
「ラブたちにはもっと砕けた喋り方だよね?」
そ、そうだけど。
ラブたちとは女の子同士だけどシェルトは男の子ででもアオイは女の子なんだけどやっぱりシェルトは男の子で。
私の『憧れの人』だから。
呼び捨ても少しは慣れたけど、やっぱり恥ずかしい。
って、そんな説明、シェルトにできない。
慌てる私に、シェルトは優しく笑う。
「僕にも普通に話してくれないかな。同級生だし、それに――」
私を見つめる濃い金色の瞳。
誰を見る時も変わらない、優しい眼差し。
「僕はヒカリだけじゃなくて、マヨネとも友達になりたいんだ」
まっすぐに私を見て言い切られた言葉は、本当に嬉しくて。
それなのに、胸の奥が痛くなった。
シェルトと別れてそれぞれの教室に戻る。
一人歩いていると、うつむく視界が滲んできた。
遠くから見てるだけだった頃に思っていた通り――ううん、それ以上に、シェルトは素敵で立派な人だった。
話すのはまだ恥ずかしさが勝るけど、それでも楽しい。アオイも優しくてまっすぐで、時々かわいらしくて。女の子っぽいところもあるけど、それでも時々シェルトっぽいところもあるような気がする。
そんなシェルトとアオイと友達になれるなんて、私は幸せだよね。
――だから、これ以上はダメ。
憧れの人に急に近付くことができて浮かれてるだけ。気になってたひとりぼっちみたいな顔もアオイの記憶が戻って不安だったんだろうし、汗臭いのが苦手なのもこれ以上私にできることはない。
もう私が心配することなんて何もない。
憧れの人と話せるようになって。友達になりたいって言ってもらえて。こんな嬉しいことはないよね。
だからシェルトの言うように、友達として――。
痛む胸から目を逸らす。
今まで遠くで見ているしかなかった憧れの人と友達になれるんだから。友達になりたいって言ってもらえたんだから。それで十分すぎる。
だからこれ以上は、考えちゃダメなの。




