情報収集ときどき訓練、たまに通り姉あり
俺がエトワールの姓を貰ってから一週間が経った。
エトワール家のみんなはとても優しくてすぐに生活に馴染むことが出来た。
しかしそれについては良かったのだが、俺は今なかなかに危機的な状況に置かれていた。
『シエル! やばいのが来るぞ!』
『分かってる!』
心の中で言いながら俺は眼前に迫る白氷剣もとい心騎武器の氷星凍白剣を持っていた両手剣で受け止めた。
自分の体全体から刀剣の先まで魔力で強化しているにも関わらずその圧倒的な魔力で吹き飛ばされそうになる。
そんな恐ろしい俺の訓練相手は俺の姉にして当代最強との呼び声も高いクロエ・エトワールだった。
一瞬にして魔力ごと凍りついた刀身を手放し、剣を突きつけられ尻餅をついた俺はすかさず降参のポーズを取った。
「また強くなったね」
「姉さんにはまだまだ敵わないけどね」
俺は剣を納めた姉さんから差し伸べられた手を借り、言葉を交わしながら立ち上がる。
今日も変わらずえげつない強さだった。
自分の体がどこも欠けていないことを念入りに確認し、安堵すると俺は凍結が解けた訓練用の剣を回収した。
まあ姉さんがそんなことするはずは無いけど。
『シエル、弱すぎるんじゃない?』
『無茶言うなよ。俺はただの子供だぞ』
こんな小さな体でそこら辺の大人を打ち負かす姉さんがおかしいのであって普通の七歳児は剣を振るうのが精々だろう。
それに俺はこの世界の人間じゃないから心騎武器使えないし。
この世界の人間なら誰でも扱える心騎武器があれば、きっと魔法が使えたし自分の魔力も持っていたのだろう。無い物ねだりだが。
『ああー、俺が出れば負けることはないんだけどなー』
『目的以外で戦うのは禁止だからな』
『はいはい。分かってるよ』
もはや慣れた感じで心の中のレオンとの会話をしていると一人の青年が俺と姉さんに声を掛けて来た。
「良かったよ二人とも!」
彼は俺と姉さんの先生で騎士団から来ているジルさん。
主に基礎的な戦闘技術を教えてくれている。
騎士団から来ているだけあってなかなかの量の魔力を持っている。
姉さんの方が多いけど、それはまあ比較対象が悪い。
「いやーほんとに凄いよ。特にクロエは将来有望だね」
そう言ったジルさんの様子に俺は少し違和感を感じた。
正確に言うと彼と出会ってからのここ毎日のことだが。
『やっぱり妙だ』
『あいつのことか?』
『ああ、あの人の姉さんを見る目が少し気になるんだ』
ただの期待以上の感情があの目の奥にあるような気がしてならない。
そのためにいつか何かをやるんじゃないかって思うほどに。
『前にお前の言ってたロリコンってやつ何じゃ無いのか?』
『ただのロリコンなら良いんだけど、胸騒ぎがするんだ』
杞憂はあれど何も起こっていない以上疑うのは気が引ける。
色々と気になりつつも俺は訓練を上がり日課の情報収集に向かったのだった。
情報収集と言えば聞き込み。
聞き込みなのだが、見知らぬ土地で子供が一人で出来るわけもなく。
そういう訳で今最も安易に情報を獲得できる場所——エトワール邸にある図書室へと俺は来ていた。
この図書室はエトワール邸が出来た頃から集められている書物が広大な部屋に綺麗に敷き詰められている。
地元の図書館を彷彿とさせる大量の本を有する本棚から目的の情報が書かれている書籍を取り出す。
幸い高い所に無かったので踏み台を魔力強化で連結させずに済んだ。
今までに読んだ本はこの世界の基礎的な情報だったが今日は一味違う。
件の目的に関連する情報が得られる可能性がある本だ。
つまりこの情報によって俺達の今後の行動の指針が決まる。
手に取った本の目次に書いてあった中で気になったのは近年になって活動が活
発化している組織と噂程度に知られている組織についてだった。
『何の本だよこれ』
『父さんが作った要注意人物についての本だ』
領主というのはこういうこともして領民を守られなくてはいけないらしい。
何も知らない俺からしたら死ぬほどありがたい。
本を開き目的のページまで捲ると一つ目の組織の概要が目に入った。
何十年も前からその組織に属している人間はたびたび事件を起こしていた。
十二星座龍を崇め、人間を排斥しようとするその狂った連中は自らを十二星座龍神教と名乗っていた。
これが俺達が倒さなくてはいけない敵の一つ。
実際にやり合った事のある俺(戦ったのは俺の体を使ったレオン達だが)は奴らが狂っているという評価に強く頷けた。
『そんなに有名な奴らだったのか』
『弱かったけどな』
『レオン達が強過ぎるだけな気もするけど……』
そう毎晩みんなが寝静まった後、俺の体をみんな(一人を除いて)に貸しパトロール兼力の制御をしてもらっていたのだ。
おかげでみんなは俺の体で戦うことに慣れたし、俺はみんなのことをよく知ることができた。
その際、さっき言った十二星座龍神教を名乗る魔法騎士と何回も交戦していたのだった。
『あいつらを倒すのが当面の目的だな』
『どんな奴が来ようとオレがぶっ倒してやるよ』
『ああ、期待しているよ』
残りの情報は今は特に使えそうに無い。
切り替えて俺は次の組織のページを開いた。
噂程度にしか存在が確認されていない組織。
かつて魔王を倒した英雄フォルを信仰する人間で構成されているという情報しか書かれていないその組織の名はフォルの使徒。
英雄フォルと言えば確か御伽話になっていたこの世界では知らない人間はいない存在だ。
そして、かつて魔王討伐の折に十二匹のドラゴンを連れていたという話もあった。
それすなわち。
『なあ、フォルってお前らの友達だったんだよな。良ければ詳しく教えてくれよ』
思った瞬間に俺は疑問を言葉に出していた。
みんなが気まずそうに黙る中、呆れたようにレオンが答えてくれた。
『はあ、よくそんなことずけずけと聞けるよな。話さないってことは言いたくな
いのかなって普通気ぃ使うだろ』
『でも、知らなきゃ前へ進めないことだってあるだろ』
レオンは少し考えたのち、みんなを納得させて応えた。
『分かった。けど、最低限の情報だけな』
『少しでもありがたいよ』
十二星座龍と英雄フォルの活躍とその末路を記した御伽話の真実が明らかになる。
俺は心してレオンの話を聞いた。
『御伽話の内容はほぼ合ってる』
『……なるほど、英雄は魔王と相打ちになって平和を齎した。そして英雄の死に悲しんだみんなはこの地、人間の国の下に眠った』
英雄の盟友だった十二の龍は深く悲しみ、自分達の命を人間の為に使う事を選択した。
龍の遺体の力で人間は魔力と心騎武器を得た。
その感謝を込めて人々は魂が天に昇ったみんなを十二星座龍と呼ぶようになったと。
初めて読んだ時も思ったが、随分と人間に都合の良い話だな。
『じゃあ逆に史実と合ってない事は何なんだ?』
『フォルの人物像とオレたちの末路だ』
『やっぱりそうだよな』
一週間の交流を経てより思ったのが、こんな我が強い奴らが自ら死を選ぶのかということだ。
英雄の死を悼み悲しんでも、英雄の遺志を継ぎ人間を守ろうとしても、決して死にはしないだろうと確信をもって言える。
『けど、記憶が無いんだろ?』
『ああ、失意の中あいつの故郷に亡き骸を届けたところまでは全員覚えているんだが』
『そこからが曖昧なのか……』
記憶が曖昧になるくらいに強い相手に殺されたのか。
そいつが生きている可能性はさすがに無いと思うが、それくらいの強さの敵との戦いも視野に入れなくてはならないだろう。
現に姉さんもゆくゆくはレオン達並みに強くなる素質を持っている。
姉さんが特別である事は確かだが、他にも同じような心騎武器の真の力を引き出す者が現れるかもしれない。
少なくとも楽観は出来ない。俺がしっかりしないと高い確率で最悪の結末を迎える。
一見するとそこまで考える必要は無いと思える。
しかし、レオン達が殺されたと結論付けたのには明確な根拠があるのだ。
みんなが気付いていない否、気付けない存在がこの御伽話の中にいる。
記憶が曖昧になるのもその人物が出てくる場面に関係している。
本当にそいつが殺したのなら御伽話の内容とも辻褄が合う。
そうその正体は御伽話で十二の龍の亡骸を埋めた張本人であり、生前のレオン達の最後を知る唯一の人物すなわち英雄フォルの子供。
息子だったのか娘だったのか、それらの本人に関する詳細な情報が一切ない謎の存在。
レオン達に聞いても一瞬思考が停止するのみで記憶に存在していない人物。
御伽話の中だけの人物なのかと思いもしたが、現在英雄の子孫が騎士団の団長をしている情報を得てからは確信に至った。
不自然に欠けている英雄の子供の記憶、最強のドラゴンのくせに殺された自覚がなかったこと。
この二点を合わせて考えると答えは明白だ。
だから、俺が一人で英雄に連なる存在に警戒していかなきゃならない。
まあ今は一旦話を戻し、やれることからやっていこう。
『悪い、嫌なこと思い出させたな。最後にフォルのことを教えてくれよ』
『フォルの話なら大歓迎だ』
先程の暗い様子から一転、レオンは明るい声色で話始めた。
『フォルは他の人間とは違ってオレたちとも対等に接してきたすごい奴だったんだ。オレたちが人間のシエルに協力するのに抵抗がないのもフォルとと共にいた時間のおかげだな』
レオンは昔を思い出したように楽しそうにフォルの事を話した。
『話そうと思えばここから一日中話すことになるけど、シエルどうする?』
すっかり調子を取り戻したレオンにそう聞かれ、俺はどうしようかと迷う。
このまま夕食の時間までずっとフォルについての昔話を聞いていても別に良い。
ただ時間は有限だ。
それに今俺に必要なことは他にある気がするし。
でも断るならどう断ろうかなんて考えていると不意に背後から声を掛けられた。
「わっ、シエル! 何してるの?」
「びっくりさせないでよ姉さん。色々とこの世界の事を調べていたんだよ」
姉さんは俺の肩に顔を乗せて覗き込み、至近距離で用件を話し始めた。
「そうなんだ。じゃあ今忙しいの?」
「いや別にそんなことないけど——」
「っ、じゃあ私と一緒に遊ぼう!」
姉さんは食い気味に答えると俺の腕を掴んで連れて行こうとする。
レオンには悪いが今日はというか今日も姉さんに付き合うことにしよう。
そうして腕を引っ張る姉さんに連れられ俺は図書室を後にするのだった。




