エトワール邸にて②
長い長いいかにもなお金持ちの家の廊下を少女の後について俺は歩いていた。
体は魔力でなんとか動かしている状態だが、今のところ問題はない。
むしろいつもよりもたくさん動けそうなほどの力を感じる。
しかし、無理は禁物だ。
魔力がひとたび使えなくなれば俺は一ミリも体を動かせなくなるのだから。
まあ今日はこの家の家主とちょっとした話し合いをするだけで済むだろうし、特に戦いなんて起きるはずもないだろう。
と、そんなことを考えている内に目の前で歩いていた少女が大きな扉の前で足を止めていた。
「着いたわ。お父様はここにいるの」
おそらくここは居間にあたる大きな部屋。
この扉の向こうにあの時のおじさん——この女の子の父親や他の家族がいると思われる。
大の大人と話すことに少し緊張して来たがもう後戻りはできない。
聞かれそうなことの解答は既に歩いている時にレオン達と考えておいた。
だから何があっても大丈夫だ。
そう心に思った俺は決意を胸に扉と相対する。
息を整え、緊張する体を落ち着け、俺は隣に立つ少女に準備の完了を伝える。
「よし、行こう」
「うん、開けるね」
少女がその小さな腕で大きな扉を開けると、そこは想像していた以上の広さの
部屋が広がっていた。
そこに居たのはこの少女の両親だけではなかった。
十人ちょっとくらいの従者いわゆるメイドさんとか執事さんが後ろに控えていた。
考えごとしていたからあまり覚えてないが、ここに来る道中も何人かすれ違った気もする。
というか、そんな存在がこれほどの数屋敷にいるとなると、やっぱり相当すごい人なんじゃなかろうか。
ただの金持ちって言えない程のなかなかに凄まじい魔力を持っているようだし。
ちなみに魔力が見えているのは俺が魔力感知できるようになったからだ。
正確には意識してできるようになっただけど。
さっきここに来る途中、レオンにコツを教えてもらって早速使えるようになったのだ。
見た感じここにいる大人達は軒並み魔力が高いらしい。
といってもレオン達と比べると可愛く見えるレベルだ。
まあ天災見たいな膨大な魔力を持ってるドラゴンと比べるなって話なんだけど。
この身を持って体験したから分かる。
あのレベルの魔力を持つ人間はそうはいない。
レオン達もその点においては絶対そうだと言っていたし。
俺も概ね同意だ。
しかし、レオン達を殺した存在は例外だ。
みんなは否定するだろうが、俺の読みでは正体は人間だと思っている。
理由はみんなが負けるのは相当油断や慢心してないと無理だと考えたからだ。
その点、みんなはドラゴンという自負もあり人間相手には舐めプをかます事だろう。
よって、人間だとしてどこにいるか分からない以上、常に慎重に行動するよう心掛けなくては。
閑話休題。そんなことを考えている中、少女の両親は連れてこられた俺のことを見て笑顔で迎えてくれた。
どうやら急にぼろぼろの状態で気を失って、丸一日眠っていた俺をすごく心配してくれていたそうだ。
居間の高級そうなソファーに座るよう促されるまま腰掛け、俺は三人(後ろにも沢山従者がいる)と互いの諸
々の事情の説明をするための問答を始めた。
「名乗り遅れたが私はリアム・エトワール。ここウタリアの公爵をやっている。右にいるのが妻のアルマ・エトワールで、左が娘のクロエ・エトワールだ」
「ご丁寧にどうも」
自己紹介したリアムさんと会釈をしたアルマさん、さっきと打って変わって大人しいクロエさんに俺は粗相の
ないように返答する。
「君は確かシエルくんで良いのかな?」
「はい、シエルです。苗字はありません」
「ということはやっぱりシエルくん、君は……」
あんな場所にいた事といい、おまけに苗字までないときた。
そうすれば誰だって、そこいた少年が身寄りのない子供だってことは容易に分かる。
実際はそこにちょっと特殊な事情が絡んでくる訳だが、身寄りがないのは事実だから勝手に想像して納得して
もらうのが一番だろう。
重い沈黙の後、リアムさんは両隣の奥さんと娘さんに何やら相談していた。
やがて何かを決意した顔で俺の方に向き直し、優しそうな表情で提案してくれた。
「君さえ良ければ私たちの子供にならないか?」
予想以上の善意だった。
見ず知らずの子供を拾ってなおかつ家族として向かい入れる人なんて普通に考えていないと思う。
だが、ここに存在した。
あのままあそこにいたら大変な思いをしながら目的を果たすために生活するところだった。
だから、死ぬほど嬉しかった。
俺は限りない感謝を胸にその好意を受け取ることにした。
もちろん即答ではなく感謝に対する礼儀として確認をとった上でだが。
「良いんですか?」
「ああ、良いとも。娘のクロエも歳の近い姉弟ができて喜ぶよ」
嬉しいことに本当に家族として向かい入れてくれるようだ。
そして俺は自分の中で最大の礼儀を持って丁寧な言葉で応えた。
「こちらこそ願ってもないことです。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしくシエル。ようこそエトワール家へ」
こうして俺は異世界でシエル・エトワールとして生きていくこととなった。
目的達成まで道は長いが、当面は安心できそうだ。
リアム・エトワールがシエルを向かい入れたのは別に善意だけのことじゃないとか。
それでも善意七割、事情三割くらい善人なんだけれども。




