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蒼穹が希いを繋ぐ星空譚  作者: 真田遼一朗
蒼穹の来訪
2/4

斯くして空は降り立った

 目を開けるとそこは一面の草原であった。


 優しい日差し、戦ぐ風、清々しい程に青い空。


 すごくいい気持ちで目覚めたはいいが、果たしてここはどこなんだろう。


 と言うよりなぜ、俺は生きているのか。


 もしや、これは巷で流行りの転生なのか。


 何か変わったところがないか体を起こし確認してみた。


 見たところ体は小学校低学年の男子児童らしい。


 まあ赤ん坊になってしまうよりかはマシだろう。


 周囲には人っ子一人おらず、それらしい建物も見当たらない。


 つまりここは人の寄り付かない場所。


 何かしらの危険がここにはあることを示唆している。


 そうと決まれば早いとこ移動して人の居そうなところに行かなければ。


 俺がとりあえずこの場から歩こうと異世界での第一歩を踏み出そうとしたその時、立っていられなくなるほど

の地響きが辺り一帯に起こった。


 地響きはどんどん大きくなっていき、何かが俺に向かってくるのが見えた。


 この地響きの原因が俺から見える範囲まで迫ってきた。


 そいつは何もただ走っていた訳じゃない。


 俺という獲物を見つけたから全速力で仕留めに走ってきた。


 一見するとただの猪。


 色合いは俺のいた世界と比べると中々派手な赤色。


 そこまでは良い。


 ただ一番俺が脅威に思っているのは凶暴な猪である事とか派手な赤色である事では無い。


 近づいてきてさらに分かる事だが、あの猪は恐ろしいことに馬鹿デカいのだ。


 一般的な家屋と同じくらいかそれ以上の大きさ。


 光の巨人が相手する怪獣ほどでは無いが、とても人間が相手できるとは思えないサイズだ。


 しかも、それが物凄いスピードで迫ってきていれば誰だって足が竦んで動けなくなるだろう。


 かくいう俺もあまりにもありえない状況に頭が追いつかず、その場から一歩も


動けずにいた。


 別に怖くて手足に力が入らなくなった訳では無い。


 俺に取れる選択肢は二つ。


 一つは全力で横に逃げる。


 もう一つはこの場に穴を掘ってやり過ごす。


 どうしようどっちも上手くいく気がしない。


 あの突進を避けるにはもう猶予が無い。


 かと言って穴を掘るのも現実的では無い。


 万事休すかと思われたその時。


『取れる選択肢ならまだ一つ残ってるぜ』


 やばいどうしよう、と焦っている俺に声が聞こえた。


「え、誰? というか何処から?」


『話は後だ。今はこの状況を何とかするのが先決だ』


「とは言っても一体どうすれば。選択肢って何だよ」


『決まってんだろ。あの猪ヤローを返り討ちにすんだよ』


「は? はあー⁉︎」


 あろうことか目に見えないそいつは一番論外な方法を俺に提示してきた。


 そりゃあそれが一番手っ取り早いだろう。


 けど、そんなことが出来るなら誰だって最初からやっている。


「俺に出来る訳ないだろ」


『ああ、そうだな。だから、やるのはオレだ!』


「いや、だからここに居ないのにどうやって?」


『まあ、見てろよ。ちょっと体借りるぜ』


「え? うっ!」


 見えないそいつがそう言うと俺の体が全く言うことを聞かなくなった。


 声も出せなくなった俺の体は俺の意思とは関係なくひとりでに動き出した。


 そうこうしている内に巨大な猪は目と鼻の先まで迫っていた。


『どうしてだ! 体が全く動かない』


「安心しろ。今からオレの力を見せてやる」


 どういうわけか大口叩いたこいつの声が俺の喉から出てきた。


 また、信じられないのが発せられた声が俺のものとは全く違うのだ。


 しかも俺の声はなんか遠いし。


 自分の体である事は確かなのに動かしている存在は別の奴。


 俺がこの状況を理解するよりも先にこいつは巨大な猪に向かって走り出した。


 どこからか大剣を取り出し、眼前まで迫った猪を前に大きく踏み込み振り上げた。


 こいつが力を込めると振り上げた大剣に赤い光が灯っていく。


「喰らえ!」


 巨大猪との衝突寸前、こいつの掛け声と共に振り下ろした大剣から収束した赤い光が前方に放たれた。


 放出された赤い光は巨大猪を包み、その体を焼き、その巨体をありえない回転で吹き飛ばした。


「やっぱり力の限り吹っ飛ばすのは爽快だな」


『……なんだよ今の。あんなにあっさりあの猪をやっつけるなんて』


「ふふふ。これがオレの力だ。すごいだろ」


 完全に調子に乗ったこいつは俺の体を使って自分の力を誇らしげに身振り手振りで表現した。


『そうだな。ところでそろそろ俺の体を返してもらいたいんだが』


「あー、別にこのままでもいいんじゃないか? オレの方が強いんだし、ただの人間のお前だとすぐ死んじゃう

だろうし?」


『いや、余計なお世話だ』


「いやいや、任せろって」


『いや、だから返せって』


「いやいや、もうオレのだから」


『分かんない奴だな』


「お前がな」


『いいから返せよ!』


「嫌だね!」


 俺はなかなか体の主導権を返そうとしないこいつと取っ組み合いになった。


 もちろん心の中での話だ。


 「あ、ちょっと待て。せっかく外に出れたのに——」


 取っ組み合いの結果は俺の圧勝。


 俺がその気になった時点で体の主導権はすぐに戻ってきた。


 まあ当然と言えば当然だ。


 元々は俺の体だ。持ち主の方が優先されるのは言うまでもないだろう。


「やっと戻ったな」


 数分しか経っていないのに何故か自分の体を動かすことに懐かしさを感じる。


 自分の体を自分の意思で動かせるという当たり前の事実に喜びを噛み締める。


「それで結局あんたは誰なんだ」


『オレ? いや、この場合オレたちと言ったっ方が良いか』


「ん? それって——」


 俺が心の中のこいつの言った事に追及しようと喋りかけた時、東の方角から何者かが接近してくる気配を感じ取った。


「……いや、詳しい話は後だ。誰かがここに近づいてきている」


『え、そうなのか。オレには何も感じられないが』


「確かに気配を東から感じるんだ。馬車に乗っている三人とそれぞれ二頭の馬に乗っている二人。いずれも只者

ではない成人男性の気配だ。何かオーラの様なものも感じる」


『それは魔力だな。お前もう、魔力感知ができるのか』


「魔力感知? これが……?」


 少し気になることが多いが今はこいつと話している暇はない。


 この間にもどんどん気配は俺の元へ近づいてくる。


 理由は恐らくこいつの先ほどのバカみたいな攻撃のせいだ。


 あんなに派手な赤い光がこんなだだっ広い場所で生じれば、遠くからもいやでも目立つ。


 異変を調べようとするのは人としては当然の行動だ。


 俺は隠れようと辺りを見回すが、身の周りはもちろん地平線の向こうまで何の変哲もない草原だけが広がって

いた。


「まずいな。どこにも逃げ場がない」


『そりゃあそうだろ、ここ草原だし』


「だな。なら、発想の転換だ」


『と、言うと?』


「まあ見てろよ」


 発想の転換、つまりは根本から考え方を変えるということ。


 今の俺の推定肉体年齢七歳の体では物理的に考えて走って逃げることは出来ない。


 まあ赤ん坊の体でないだけまだましだが。


 物理的に逃げられない、隠れるような場所もない、この状況で取れる策はただ一つ。


 それは、古来より弱い生物が行なってきた処世術。すなわち、死んだふりだ。


『嘘だろお前』


 俺のとった行動に対し、心の中のこいつはジトっとした視線を向けてきた気がした。


「嘘じゃない大真面目さ。俺みたいな弱い生き物が上手くやり過ごす為の必殺技みたいなものだ。強い(?)ら

しいお前には理解出来ないだろうがな」


『プライドとかは無いのか?』


「プライドよりも命の方が大切だ」


 小声でこの作戦の素晴らしさを教えていると先ほど感じた気配が見える距離まで迫ってきているのが見えた。


「もう、すぐそこまで来ている。話は終わりだ。俺はこれから全力で死んだふりをする」


『はぁ、それでこの場を乗り切るのは絶対に無理だろ』


 言葉を返す余裕のない程の距離に馬車が止まる。


『やっぱり無理があるんじゃないか?』


 馬車から降りた三人が辺りを見回している。


 ここから見えた赤い光の手掛かりでも探しているのだろうか。


『あ、良いこと思いついた。オレが代わりに戦えば問題ないんじゃないか。オレの方があいつらより絶対に強い

し。どう?』


 やがて周囲を観察していた三人が真っ直ぐ俺の方へ歩いてきた。


 さすがに俺の存在に気づいたらしい。


 さっき心の中のこいつが言っていたように魔力感知だの何だのでもしたんだろ

う。


『なあ、聞いてる?』


 いよいよ俺のところへ三人が到着する。


 そして、俺の死んだふりが炸裂する。


『ほんとに死んじゃった?』


『——るせえ』


『ん?』


『さっきからうるせえよお前』


 我慢の限界だった。


 人が真剣に事に当たっているのに喧しい奴だ。


 当然、状況が状況だから大声を出す訳にはいかないので心の中で静かに怒った。


 心の中で喋って聞こえているかは不明だが。


『そんなに言わなくても……』


 結果はすぐに明らかとなった。


『心の声でも聞こえるんだな』


『伝えようとすればどんな形であっても大丈夫だと思う。じゃなきゃオレの心の声が聞こえてないとおかしいだ

ろ?』


『なるほど』


 心の声が意図せず伝わってしまうことが無いと分かり一安心だ。


 と、今はそんなことよりもこの場を切り抜く事に集中しなくては。


 俺が心の中でそうこう話している内に三人は俺の目の前に辿り着いていた。


「……可哀想に」


 横たわる俺に近づいた三人の中で一番身分が高そうな男性は俺を抱き上げた。


 言葉通りなら俺はこの人たちには被害者に見えているのだろう。


 まあそれもそのはず、どこから見ても子供な俺に何か出来るとは誰だって思わない。


 それに厳密には俺がやったわけでも無いしな。


『なあ、これからどうするんだ? このまま死んだふりを続けるのか?』


『そうだな。彼らにはあくまで俺は被害者にしか見えない。だから、その体で話してみようと思う』


 大事なのは如何にそれっぽく出来るかどうか。


 心は痛まない。


 なぜなら全くの嘘ってわけでも無いから。


 その事実が俺の罪悪感を薄れさせてくれる。


「……うう」


「目を覚ましたぞ!」


 俺が目を覚ますと俺を囲む三人が驚き半分、安堵半分といった様子で反応した。


「ここはどこ? 僕は何でこんなところに?」


『ふはははは、僕って何だよ僕って』


『うるさい、黙ってろ。一応目上の人にはちゃんとするもんなんだよ』


 心の中でバカ笑いするこいつに釘を刺しつつ、俺を優しく抱えてくれている彼に弱った様子で顔を向け続け

た。


「大丈夫か? 君はここで一人倒れていたんだ。自分の名前は言えるかい?」


 名前かあ、名前ねえ。どうしようか。


 ここは異世界。言葉は都合の良いことに通じた。


 だが、こういう転生ものの異世界に多いのが欧州系。


 この人たちもよくよく見るとそっち系に見える。


 本場の人ほどでは無いからあくまで近しい感じってとこだが。


 ともかくここで生きていく以上、本名のまま名乗るのは大いに怪しいだろう。


 つまり、俺が取るべき選択肢は——。


「……シエルです」


 本名に近しい洋風っぽい名前、つまりは横文字の名前で名乗ることだった。


 ふっ、我ながら良い名前だ。


『シエルって本名?』


『もちろん違う』


『なんでシエルにしたんだ?』


『本名を横文字にしただけ、だから実質的には本名と変わらない』


 本名だけど本名じゃないこの名前で俺は第二の人生に口火を切った。


 シエルとして俺は強く生きていく。


「シエルか、良い名前だな。他には何か言える事はあるかい?」


「名前以外は分かりません。何も思い出せません」


「分かった。とりあえずここは危ないから私の家に一緒に来て貰えるかな」


 話は順調に進んでいった。


 幸いな事に彼の家に連れて行って貰えそうだ。


 人のいる場所に行ければこの世界の事も何かしら知れるだろう。


 「はい。分かりまし——」


 断る理由も無く二つ返事で答えようとした時、体に異変が起こった。


 全身から力が抜けていき、意識も朦朧としている。


 今にも気絶してしまいそうだ。


『やっぱり耐えられなかったか』


『俺の体、どう……なって』


『強大過ぎる力を行使した事で体が活動できる限界に達したってとこだ。つまりは疲労でぶっ倒れる』


『……なんだ、それ』


『まあ、今はゆっくり休みなよ。もしもの時はオレが何とかするから』


 先に言っておけとか、色々と文句を言ってやりたいところだったがもう心の中でさえ言葉を発する気力が無く

なっている。


 こんな奴に任せるのは少々どころか大分心配なんだが、今の俺には選択する余裕すら無い。


 そんな悩みを抱えたまま、俺の意識はプツンと切れたのだった。


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