「人間味」
例えば、スターやアイドルのような他者から注目される人達の自身の欠点が露見した時に、他者が「人間味を感じられていい」とか「人間味があってもっと好きになった」とか、そんな表現で用いるのが気に入らない。確かに完璧に見える人に欠点があると親近感が湧くという事なのだろうしそういう意味で使っているのだと理解している。しかし、親近感が湧くなら親近感が湧くと言えばいいのだ、「人間味」とはそもそも人間らしい温かみや人情味を表現するための語彙であって、欠点を指し示し下衆な共感を感じるための語彙では無い。「人間味」という語彙を用いたいなら、意味を理解すべきだ、あやふやなニュアンスで自分の感情を表現するのは、言葉を侮辱している。人間に産まれた意味が無い。それに欠点を「人間味」だと表現するのは、まるで人間であるためには欠点があることが絶対条件みたいじゃないか。人間をそんなに下げる必要は無いだろう。人間とは尊いものであるべきだし、美しいものでもあるべきだ。欠点や弱さを表に出すことはポジティブな事では無いし人間味がどうのと手放しに褒めていいものでは無い。これからは「人間味」という言葉は丁寧に扱って欲しいと思う。