32. 凶行への断罪
バルトロメイ殿下の一声に会場がざわつく。
――聖女の暗殺。
それは近隣諸国に対する敵対行為とも捉えられかねない行為だった。
殿下は言葉を緩めず詰問する。
すでに状況は急速に動き出していた。
「エムザラ・ルベルジュ公爵。彼女は王国でエイル家の侯爵令嬢として、そして聖女として過ごしていた。
だが、ある日のことだ。聖女様の暗殺を企てた者がいた。その人物こそ、聖女様の婚約者だったゼパルグ王子……貴方だ。聖女を暗殺の手から救った我々は、彼女に爵位を授けて帝国に迎え入れた」
会場はさらなる喧騒を見せた。
私は静かにうなずく。
バルトロメイ殿下の言葉はすべて事実だと。
サンドリア王国の貴族ならば、私の顔を見まごうはずもない。
本当に私がかつての聖女であると。
もはや結婚式どころではない。
様子を静観していた隣国……ハーフルト王国の王が口を挟んだ。
「ふむ……その話が事実であれば、看過できんな。聖女は国際上、きわめて重要な存在だ。王国で仕事を終え次第、わが国も聖女の力を借りるという条件でサンドリアとは講和条約を結んでいたはず。
事実であれば、の話だが。サンドリア王よ、バルトロメイ王子の言葉はまことか?」
呆けた表情をしていたサンドリア国王に視線が集まる。
彼は何度も周囲を見渡し、私の方をじっと見つめた。
「い、いや……余はゼパルグから『聖女が死んでしまった』と聞いていたのだが……その顔はまごうことなきエムザラではないか! い、いったいどうなっておるのだ……?」
事態が混乱していく。
私は簡潔に事態を収束させるため、自ら進み出た。
「陛下、お久しぶりです。私はゼパルグ殿下に刺客を仕向けられたところを、帝国に助けられて生き延びました。今はこうして帝国公爵として生きております」
「で、では……息子が、ゼパルグが聖女の命を……!?」
「はい。ゼパルグ殿下は『貴様が聖女でさえなければ、他のかわいげのある女と結婚できる』などと吐き捨て、私の命を狙いました。これは紛れもない事実です。正直に申し上げますと、ゼパルグ殿下のような方を王位に就かせるのは納得できない思いもあります……」
玉のような汗を浮かばせるゼパルグ。
そして、その後方で肩をわなわなと震わせるベリス。
驚愕の視線が降り注ぐ中、唐突にベリスが叫んだ。
「偽物よ! 妹だった私にはわかる、お姉様はこんなにはっきりと話さない人だもの! それに表情だっておかしい……!」
「そ、そうだ、詭弁だ! 帝国が偽物を擁し、私を陥れようとしているのだ! 卑劣な真似を……愛しき婚約者を失った傷心に付け込むとは!」
相変わらず声高らかに。
愛しき婚約者……か。
何を言うかと思えば、まさかゼパルグの口から『愛』が飛び出すとは。
「それに……エムザラが死んだというのは、ロックス伯から報告を受けてのことだ! 私は聖女の暗殺など企んでいないし、勝手に失踪して消えただけのこと! そうだろ、ロックス伯!?」
ゼパルグの視線を受け、壁際に寄っていた初老の紳士が動き出す。
彼はロックス伯……の代理。
相変わらずマクシミリアン様は来ていないらしい。
だが、彼にも話は通してある。
「そうですなぁ……たしかに聖女様と思わしき少女の死体は発見しました。ただ、かなり焼けていた死体でしたので……本当に聖女様だったかどうか。
もしもバルトロメイ王子が『ゼパルグ殿下が聖女様の暗殺を企んだ証拠』などお持ちであれば、話は変わるのでしょうがね。そんなものはないでしょうな、はははっ」
「そ、そうだな! 証拠がないじゃないか! 俺がエムザラの暗殺を企てた証拠、それにその偽物が聖女であるという証拠が……」
ロックス伯は仮にも王国貴族。
表立って帝国の味方をするわけにはいかない。
だからゼパルグを援護するフリをしつつ、私たちが有利になるように話を進めてくれた。
「証拠ならある。ここにな」
グリムが一枚の封書を取り出す。
封書の表紙を見た瞬間、ゼパルグの顔が青ざめる。
「……」
「どうした、ゼパルグ王子? あなたが本当にエムザラの暗殺を企てていないのなら、焦る必要はないはずだ。
それとも……何か後ろめたいことでもあるのか?」
蛇に睨まれたカエルのように。
ゼパルグは硬直していた。
グリムは間を置かずに中身を取り出す。
「『聖女エムザラ・エイルの暗殺依頼』……依頼者はゼパルグ王子だ。偽装が不可能な王家の印章も押されている。まず、これがゼパルグ王子が聖女の暗殺を企てた証拠」
次に、グリムは私の手を取った。
彼の綺麗な指が、私の手の甲をなぞる。
「そして聖痕。これは聖女であることを示す証だ。聖女は数十年に一度の周期でしか現れない。聖痕が絵筆で描かれたものじゃないことは、調べてもらえばわかる。これが彼女が聖女である証拠」
淡々と、それでも言葉の節々に怒りを滲ませながら。
グリムはゼパルグとベリスに鋭い視線を向けた。
「反論はあるか?」
会場が冷えていく。
本当なら結婚で熱くなるはずの場が、どこまでも冷たく。
どれほどの逡巡があったのか。
ゼパルグには今の一瞬が永遠のように感じられただろう。
「わ、私は……私は次期国王だぞ!?」
「……は?」
グリムが困惑した声を漏らした。
私やバルトロメイ殿下、他の貴族たちも同様に。
何を言っているのかわからなくて。
「聖女はサンドリア王国の貴族であり、私の婚約者だった! だからエムザラを生かすも殺すも、私の自由だ! その人形は私の所有物だった!」
……意味が、わからなかった。
彼は何を言っているのだろう?
「おい……貴様。もう一度言ってみろ」
グリムがかつてないほどの怒気を湛える。
私は慌ててグリムの腕を掴んだ。
「グリム」
「……わかってる」
暴力沙汰だけは駄目だ。
下手をしたら戦争になる。
国際問題としないために、ゼパルグに全ての責任を負わせるために、揺るがぬ証拠を準備してきたのだから。
私はひとつ息を吸い込んで踏みだした。
「ゼパルグ殿下。私から言っておきたいことがあります」
私を人形だと誹るのならば。
この際、本心を伝えよう。
人形には生じないはずの……感情を。