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3. お願い

「エムザラ……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」

「……ぇ」


耳を疑った。

目の前の彼が、私を幸せにする?

だって彼は私を殺しに来た刺客で……


「……殺さないのですか?」

「殺す代わりに、君の人生を俺がもらう。ああ、君からすれば死ぬよりも嫌な事態かもしれないが……必ず最後には幸せにしてみせる」

「ですが、あなたはゼパルグ殿下の勅命を受けて暗殺に来ています。私を殺さなければ、任務を果たせません。そうすれば、かえってあなたが死罪になってしまいます」


彼は私の手を取ったまま、決して離そうとはしない。

私もまた離れる気はなかった。


「暗殺はゼパルグ王子の独断だ。国王の許可を受けていないから、公然と問題にはできないだろう。彼のような愚かな人間に、君は相応しくない。

 ゼパルグ王子が君から笑顔を奪ったのなら……俺は彼を許せない」


どうして彼はここまで、私を助けようとするのだろう。

ついさっきまで殺そうとしていたのに。


「あなたのお名前、まだ聞いていません」

「俺の名はグリム。……ただの刺客だ」


名前の響きからして、たぶん外国の人だ。

でも、今はそんなことどうでもよかった。


どうしても尋ねたいことがある。


「グリム。どうしてあなたは、私を助けてくれるのですか?」

「俺は……君の態度が気に入らなかっただけ。その張り付けたような笑顔を見ていると、本当の笑顔を見たくて仕方なくなる。

 ……あの日みたいに笑ってほしい」


彼の言葉の意味はよくわからなかった。

私、グリムとどこかで……


「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」


そのとき、けたたましい声が部屋の外から響いた。

ドアノブをガチャガチャとひねり、強引に鍵のかかった扉を開けようとしている。


「行こう」

「行くって、どちらへ……?」

「逃げるんだよ。この国から、聖女としての役目から、君を不幸にする全てから。

 この国にいても、やがて殺されるだけだ」


グリムは窓を開け放ち、私の体を軽々と抱きかかえた。

ふわりと甘い匂いが漂う。


そのまま月光のもとに跳躍し、庭にそっと降り立つ。

彼は私を下ろして手をそっと引いた。

急いでいるのに優しくて、転ばないようにリードしてくれている。


エイル家の庭を横断。

ふと、庭の隅に生えている一本の木が視界に入った。

目の前を走るグリムと、その木を見て――


「……ぁ」


そうだ、あのときの。

あのときの"彼"によく似ている。

でも、別人かもしれない。

あのときは死にかけていた少年の名前を聞けなかったから。


尋ねる自信はなかった。

そのまま通り過ぎていく。


屋敷を抜け、そのまま貴族街の路地裏に入り込む。

人の気配はない。

私は息切れを抑えて、その場に座った。


「はぁ……はぁ……」

「走らせてすまない。やはり俺が抱えて走った方がいいか」

「いえ、大丈夫です。でも……私、本当にこんなことをしてもいいのでしょうか……今からでも戻った方がいいかもしれません」


まだ戻るのは間に合う。

でも、戻ったところで再びゼパルグ殿下に命を狙われる。

殿下の刺客に命を狙われたなんて奏上しても、陛下には信じてもらえないだろう。

戻って死ぬか、グリムと一緒に逃げて生きるか。


悩んでいると、グリムは私の前に屈む。

目線を合わせて彼は言った。


「笑ってみろ」

「え……ご、ごめんなさい。わかりません」


グリムは真剣な表情のまま、再び要求する。


「趣味を言ってみろ」

「特にありません……」


「聖女をやってて楽しかったことは」

「覚えていません」


「好きな異性のタイプを言ってくれ」

「あ、えっと……わかりません……」


答えようのない質問を次々と。

グリムは何個か尋ねてから頷いた。


「なあ、何も答えられない人生に価値なんてあるのか?

 そのまま死ぬのか?」


私の人生には価値がある。

少なくとも、聖女として人々に奉仕してきた。

貴族として政務をこなしてきた。


だけど、どうして何も答えられないのだろう。

本当に何も考えない人形だったのかな。


「……俺は小さいころ、ある少女に命を助けてもらったことがある。

 当時の俺は大人に言われるがまま仕事をしていて、不意に殺されかけて……このまま何も世界のことを知らずに死ぬんだと思った。今の君と同じように。でも、俺の人生を変えてくれる人がいたんだ」

「それから……グリムの人生はどうなりましたか?」

「今は信念をもって仕事を続けている。自分が一番やりたいことを優先して、祖国のために尽くしている。

 だから暗殺を反故にしてまで、エムザラを助けようとした。俺が君を笑顔にしたいと思ったから」


ああ、やはりそうなんだ。

話を聞いていると、グリムがあの日の少年だと察せられた。


「私が命を救ったから、あなたはこうして……来てくれたのですね」

「……! 覚えて、いたのか……!」


グリムが初めて驚いた表情を見せた。

彼の瞳が揺れている。

あの日に見た、綺麗な色と変わらない。


誰かから恩を返される。

今までにこんなことがあったかな。

いつも聖女の力を誰かのために使ってばかりで、私が得たものは……


「グリム、お願いがあります」

「ああ……遠慮なく言ってくれ。君のためならば、この命に代えても」


きっと、私は解放される瞬間を待っていたんだ。

その形が何であれ、死でも逃避でもよかった。

とにかく聖女という立場から解放されたい。


グリムなら、きっと私を救ってくれる。

私がかつて彼を救ったように。


「私を連れて……遠くへ逃げてほしいです」

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