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28. 策謀

久々に皇城へやってきた。

バルトロメイ殿下が住まう第三宮殿へ赴き、貴賓室に通される。


すでに殿下は座って私を待っていた。


「聖女様、お久しぶりです。お忙しいところ申し訳ない。どうぞお座りください」

「失礼します」


初めて帝国に来た日のことを思い出した。

あのときもこうして殿下に迎えていただいた。

違う点があるとすれば……互いに見知った関係になったという点、そしてグリムがいないという点。


「急に書簡が来て驚いたでしょう。グリムから話は聞いていますか?」

「ええと……バルトロメイ殿下の提案は断った方がいい、とだけ聞いています」

「そうですか……つい先日、私とグリムで言い争いになりましてね。あいつの気持ちも理解はできますが……本題に入りましょう」


殿下とグリムの仲がよくないのは知っている。

二人とも悪い人じゃないのだけれど……やはり私はグリムに肩入れしてしまうと思う。

だからこそ、俯瞰的に物事を判断しなくては。


殿下は一枚の書状を取り出した。

私が内容に目を通す前に、殿下が率先して説明を始める。


「サンドリア王国にて、ゼパルグ第一王子の結婚式が開かれるそうでして。次代の王となる第一王子の結婚式となれば、隣国の王族も顔を出さないわけにはいかない。帝国諸侯も何名か随伴して向かうつもりです」


……ああ、グリムの質問の意図がわかった。

『君にとって、過去はつらいものか?』――彼はそう問うた。

もう思い出したくない王国での日々と、向き合うべきときが来たのかもしれない。


「……私も連れて行こうと?」

「ええ。グリムにはひどく反対されましたがね。貴女を暗殺しようとした王子のもとへ行くのですから、グリムが反対するのも最もです。しかし、私にも狙いがある」


狙い……バルトロメイ殿下の、狙い。

私には皆目見当もつかない。

いったい私をゼパルグの結婚式に参列させて、何がしたいのだろう。

代理を立てるのでは駄目なのだろうか。


殿下は引き続き目論見を語る。


「私としましては……ゼパルグ第一王子がサンドリア王になるよりも、オルランド第二王子に王位を継承していただきたいのです。聖女様は王国出身ですから、二人の王子の人となりもご存知でしょう」

「そうですね……ゼパルグ殿下は言わずもがな破綻した性格をお持ちですが。弟君のオルランド殿下はまともなお方ですね。先に生まれたというだけで、継承権はゼパルグ殿下の方が高いようですが」


なんとなく話は読めてきた。

オルランド殿下は温厚な性格で、今後とも帝国に従う立場を取ると思われる。


しかし、ゼパルグに限っては行動が読めない。

もしかしたら帝国に反発し、面倒事を引き起こす可能性もある。

バルトロメイ殿下は、そんな人物と国王として付き合いたくないのだろう。


「では、ゼパルグ殿下を失脚させるというのですか?」

「そうですね……それが最善の結果です。しかし……そのためには聖女様、貴女の協力が不可欠だ。ゼパルグ王子が国王になったとしても、それはそれで封じ込めの策を用意してあります」


なるほど、グリムが嫌がるわけだ。

バルトロメイ殿下は、私を政治の道具として利用しようとしている。

それはグリムが最も忌み嫌う行為だから。


……私は帝国の公爵。

今は帝国の将来を、バルトロメイ殿下と共に考える必要もある。


決めたはずだ。

私は私自身の意思で未来を選び、過去と向き合うと。


「その件、もう少し詳しくお聞かせください。どのようにしてゼパルグ殿下を失脚させるおつもりなのか、私に危害は及ばないのか、そしてオルランド殿下と話を通しているのか。

 すべて聞いた上で、私に決断をさせてください」

「……わかりました。そのお言葉、お強いですね。いつの間にやら公爵としても頼もしくなられたご様子で。私の計画の全て、聖女様にお話ししましょう」


 ***


バルトロメイ殿下の計画を簡単にまとめる。

ゼパルグの結婚式に、私は『帝国の女公』として参列する。

そこで過去にゼパルグが私を暗殺しかけたことを、多くの王侯貴族の前で暴露し、糾弾するとのこと。


結婚式には周辺諸国の王族も参列する。

周辺諸国も瘴気に苦しめられている以上、聖女の暗殺は看過しないだろう。

王国は表向き『聖女は事故死した』と説明しているが、私が生きていることが明らかになれば、その言い訳は通用しなくなる。


最大の決め手はグリムが持ち帰った契約書。

契約主はゼパルグで、聖女エムザラの暗殺を依頼する契約書がある。

サンドリア王家の印章も入った揺るがぬ証拠だ。


第二王子のオルランド殿下にも、すでに協力を要請しているという。


「……なるほど。一聴すると破綻のない計画に聞こえます。

 しかし、一点だけ質問が」

「ええ、何でも聞いてください」


こんなことを言うのは、失礼かもしれない。

けれど大事なことだ。


「私がその提案に乗る見返りはあるのですか?」


一度は逃げ出した国に戻り、私を殺そうとした王子に顔を見せる。

そこまでのリスクを冒すのなら、見返りがほしい。

こんな欲望があるなんて……かつて人形と呼ばれた聖女とは思えないけれど。


「ふふ……ははっ! 本当に公爵らしくなりましたな。いえ、それとも……もともと才能をお持ちだったのでしょうか? 俯瞰的に物事を考え、利益と損失を見積もる……貴族にとって欠かせない素養です」


バルトロメイ殿下は珍しく破顔した。

だって、私にも領地がある。

民がいて、彼らを守らなければならない。

無闇にリスクは冒せないのだ。


「もちろん、貴女の安全は保障します。厳重に警護に当たらせ、決して傷つかぬように。

 そして報酬ですが……正直なところ、私も考えておりませんでした。ですから、何でもひとつだけ……聖女様の要求を呑むことにしましょう」


財産でも、領地でも、何でもいいと。

そう殿下は語った。


そうか。

それなら、遠慮なく。


私が目指すたったひとつの未来に向けて。


「では、さっそく要求をお伝えしてもいいでしょうか? バルトロメイ殿下の提案は受けたいと思いますので」

「おや、もう少しお考えになっては? 別に私としては構いませんが……」

「いえ。これ以外にありませんので。私の質問にひとつ答えていただきたいのです」


そう言うと、殿下は居住まいを正した。

私もいつになく真剣な声色で尋ねる。



「――過去、グリムと何があったのですか。

 どうか隠さずに教えてください」

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