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27. 向き合うために

季節は流れ。

いったいどれだけの時間が経ったのか。

少なくとも、広大なルベルジュ公爵城で迷わない程度には、時間が経っていた。


朝。

私は目を覚ましてすぐに呼び鈴を鳴らす。

すぐさまリアナがやってきた。


「おはようございます、エムザラ様!」

「おはようございます。今日もいい天気ですね」


眩しい陽光が差し込んだ。

この領地は快晴の日が多い。

日照りが続いて不作になりそうなときには、聖女の力で雨を降らせることもできるから……私がルベルジュ公爵領を継いだのは正解だったかもしれない。


朝の支度を進める。

同時に、今日すべき仕事について考えていた。


「今日は聖女の任はありませんでしたね。寄進帳の確認と、ローレント耕地図の再検討、それから教会の補修費の見積もりも……」

「エムザラ様……前々から思っていましたが、あなたは働きすぎだと思いますよ? 最近はさらに拍車がかかっているように見えます」

「主要地域の浄化が済みましたからね。聖女の仕事が減ったのならば、公爵としての仕事をするのは当然です」


帝国における重要地点の浄化は完了した。

あとは末端の地域から瘴気が広がらないように気をつけつつ、適宜対処していくだけだ。

帝国の国土は広いため、完全に浄化するまで十年以上かかるだろう。


「わ、わたしの知るお貴族様は……もうちょっと仕事を臣下にお任せして、夜会や舞踏会で遊んでいるものなのですが……」

「もちろん社交も疎かにはできません。ただ、遊ぶつもりは毛頭ありませんね。王国で私を囲んでいた放蕩貴族たちを見て……ああはなりたくないと反面教師にしていますから」

「なるほど、さすがですね! しかし、エムザラ様がここまで敏腕な領地経営ができるとは思っていませんでした。帝国貴族たちの間では、ほとんどの貴族より有能だと噂が流れていますよ」

「はぁ……そうですか」


私は責務を果たしているだけ。

それに……領地経営の成果は私だけが出しているものではない。

聖女として仕事に出ている間、グリムが代理として公爵の仕事をしてくれている。


有能と噂される裏にはグリムの活躍があるのだ。

どうにかして彼の有能さをアピールできないだろうか……?


「朝食の前に、とりあえず執務室です。急を要する書簡が届いているかもしれませんからね」

「承知しました。本日も張り切って参りましょう!」


 ***


溜まった書簡に目を通す。

雑事はグリムの認可を受けたのち、文官が処理してくれているので、私が確認するのは重要な書簡のみ。


諸侯との会談。

夜会への誘い。

瘴気の拡大報告書。


無数の積み重なった書簡、その中に目を惹くものがあった。

威厳のある獅子の刻印。

それを囲む月桂樹の紋様。

クラジュ帝国皇帝の印象だ。


「皇族からの手紙……?」


すぐに封を切った。

差出人は……バルトロメイ殿下。

書簡には達筆な文字で面会を所望する旨が書かれていた。


殿下の召集となれば応じないわけにはいかない。

グリムにも相談しておいた方がいいだろう。


彼とは朝食で顔を合わせる。

そのときに尋ねてみよう。


 ***


「ああ……バルトロメイからの書簡か。俺は応じなくてもいいと思うよ」


意外な言葉が飛び出た。

グリムはナイフで野菜を切り分けながら、視線を落として呟いた。


「バルトロメイ殿下が私を招いた理由、あなたは知っているのですか?」

「もちろん。ただ……好ましい理由で君が呼ばれたわけではない。バルトロメイと会うこと自体は構わないが、彼からの提案は断った方が身のためだ」

「…………」


殿下は私に何かを提案しようとしている。

ただ、グリムにとってはよろしくない提案らしい。


聖女に関することか、それとも公爵としての仕事か。

バルトロメイ殿下が悪意のある提案をするとは思えないが……アトロ殿下はともかく。


だけど、私が最も信頼するのはグリムだ。

常に私のことを考えてくれているから。


「忠告ありがとうございます。バルトロメイ殿下から何を提案されるのかはわかりませんが……慎重に考えたいと思います」


自分の意思で選択をするようになった。

私はもう人形ではなく、己の判断で未来を見る人間だ。

だからこそ、バルトロメイ殿下の話を聞かなければならないと思う。


「――エムザラ。君にとって、過去はつらいものか?」


ふと、グリムが問うた。

過去……もちろん好ましい思い出はない。


誰ひとり、私を愛することはなかった故郷。

あの場所を思い出したいかと言われれば……答えは否だ。

だが、頑として否定したいかとも問われれば、それも否。


「つらいものには違いありません。ですが、向き合う必要があるとも思っています。私は王国から逃げたけれど、いつかは対峙しなければならない。

 ……おそらく殿下の話には、私の過去が関わるのですね」

「そうだ。だが……今の答えを聞いて安心した自分がいる。バルトロメイの話を聞くなら、その心づもりでいてくれ」


……話は見えてきた。

殿下にちゃんと話を聞きに行こう。

自分自身と向き合うためにも。

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