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26. 舞踏

式典の中盤。

舞踏の時間が始まる。

次々と貴族令息たちが令嬢を誘っていく中、私はどうすべきか迷っていた。


こうして社交の場に出るのは慣れていない。

聖女として命じられるままに振る舞っていたことが多く、自分から他の貴族にアプローチした経験はほとんどない。


「――聖女様、俺と踊りませんか?」


ふと、耳元で心地よい音色が響いた。

振り向いて見上げると、そこにはグリムの美しい顔。

彼は式典中、ずっと暇そうに壁際で挨拶を交わしているだけだったが……いつの間にか私のそばに来ていたようだ。


「グリム……私で良いのですか?」

「主催者が躍らないなんて笑いものだよ。それに……君が他の男と踊る場面なんて、見たくないからな」


グリムの言葉に、私の鼓動が早まる。

最初はほのかに感じていた喜び、今は明確に感じられるようになった。

彼がこうして私を必要として、近づいてくれるたびに……私はときめきを覚えているのだろう。


「あ、あなたがそう言ってくれるのなら……ぜひお願いします」


白く美しい手を取る。

足は軽やかに運ばれた。

楽団が奏でる音に合わせて、ひとつ、またひとつと。


グリムに合わせてステップを踏んでいく。

楽しい……純粋に浮かび上がった想い。

舞踏なんて意味のない社交としか思っていなかったけれど、今は違う。


好きな人と踊るのって、こんなに楽しいことだったんだ。


「エムザラ。俺は今、すごく幸せだ。こうして君と踊れて」

「私も同じことを考えていました。このままずっと踊っていたいと……」


想いを重ねて私たちは踊る。

その日、私は人生で最も幸福な瞬間を体験した。


 ***


賓客はみな帰り、城には静寂が戻る。

明日からは親書を書く作業が待っているし、聖女の仕事も引き続きやっていくけれど……大きな節目を迎えた感じがある。


私の人生の大きな転機。

そんな日になる気がした。


パーティー会場の片づけをしていると、リアナが走ってくる。


「エムザラ様! お片づけなんてしなくていいですよ、我々侍従の仕事ですから」

「……しかし、他にやることもありませんので」


リアナは困った顔をしていた。

できるだけ彼女を困らせたくないのだが、どうにも私のやることは彼女を困らせてしまうらしい。


「あ、そうです! グリム様に会いに行かれては? 先程の会場ではダンスしかしていなかったでしょう?」

「それもそうですね。グリムはどちらに?」

「先程、二階のテラスで見かけました」


リアナの言葉に従って二階のテラスに行ってみる。

夜空の下に、白髪をなびかせて佇むグリムの姿があった。


夜、グリムを見るとあの瞬間を思い出す。

グリムが刺客に扮して私を連れ出した……あの夜を。


「こんばんは。式典お疲れさまでした」

「……エムザラか。君の演説に振る舞い、文句のつけようがなかった」

「演説では私の本心を述べただけです。それに舞踏の時間だって、グリムと踊ることを楽しんでいただけですよ」


グリムは微笑んだ。

それは今まで見てきたものとは違う。

自嘲するような笑みではなく、優しさの籠った美しい笑みだった。


「ねえ、グリム。私は約束を叶えてもらいました」

「約束……それは『俺が君を幸せにする』と、連れ出した日に交わした約束か?」


私はこくりとうなずいた。

グリムもしっかりと覚えていてくれて嬉しい。


いま、私は幸せだ。

本来は殺されるはずだった人生をねじ曲げて、今はこうして多くの人に信頼を寄せられていて。

そして最大の理解者であるグリムも隣にいてくれる。


「ですが、まだ完全に叶ったわけではありません。私が真の幸福を得るためには、どうしても欠けているものがあります」


満足できるほど恵んでもらった。

それでも足りないものがある。

どんな権力を使っても、聖女の力を使っても、手に入れられないものが。


「何か不満があるなら言ってほしい。俺でよければ協力するよ」

「あなたの幸福ですよ、グリム」


一瞬、時が止まったような気がした。

目の前のグリムは瞳を揺らして困惑の表情を浮かべている。

そこにあるのは戸惑いか、恐怖か、それとも。


「俺の、幸福……?」

「はい。グリムは私を幸せに過ごせる場所まで導いてくれた。隣に立つあなたもまた、幸せになってほしいと思うのです。あなたは自分が何を望んでいるのか語らない人なので……本当の想いがわかりません。ただわかるのは、私を大切に想ってくれているということです」


帝国内における彼の立場は複雑だ。

私にできることは何があるのか。


「ずっと思っていました。私が公爵になって、一緒にグリムと過ごすことができれば……グリムに居場所ができるのではないかと。皇城で狙われる心配もなく、安息に包まれて過ごせると」

「なるほど……俺が君の身を案じていたように、君もまた俺を案じてくれているのか。ただ、心配は不要だ。俺は皇子という恵まれた立場にあって、皇城にさえ近づかなければ兄上たちから厄介に思われることもない。これまでも、これからも……日陰で生きていくだけだ」


彼の言葉に後悔の念は滲んでいない。

それは演技かもしれないし、本音かもしれない。


「私はあなたの支えになりたい。どうか、いつでも頼ってください」


グリムはそっと私を抱き寄せた。


「……ありがとう。いつか君に、幸せになるためのお願いをするかもしれない。そのときはよろしく頼む」


必ず彼と幸せになる。

私は決意した。

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