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22. ルベルジュ公爵領

ルベルジュ公爵領。

事前に宮廷の記録を読んで調査を進めておいた。


ルベルジュ公爵領は、もともと貿易が盛んな領地で、毛織物の生産が盛んな地域だったという。

良質な水が流れ、繁栄を誇っていたのは過去の話。


今や三割近い土地が人の住める場所ではなくなっている。

美しい景色は廃れ、賊が蔓延り、規模も小さくなり……前当主のオダリス・ルベルジュ公爵は失踪。

元使用人の話によると、オダリス元公爵は事件に巻き込まれたわけではなく、責務を放棄して他国へ逃げたらしい。


今はペドロ侯爵という方が代理で治めている。

とはいえ、ペドロ侯爵も自領の経営に手一杯で……あまりルベルジュ公爵領の経営には手が回っていないようだ。


「……こんな感じです。瘴気のせいでかなり衰退してしまったようですね」


私の説明を受けたグリムは考え込んだ。

これから代理で治めているペドロ侯爵に会いに行く予定で、その打ち合わせをグリムと行っていた。


「なるほど。君の話はわかりやすいな。

 ……公爵領の三割近い瘴気を払うとなると、かなり骨が折れるんじゃないか?」

「ええ。何十日、何か月にもわたって浄化を進めていくことになるでしょう。このまま放置すれば広がっていくので、見過ごすという手はありませんが」


私はルベルジュ公爵領の領主になることを決意した。

必ず、かつての繁栄を取り戻さなくてはならない。


「……俺は心配だよ。君が無茶をしてしまうんじゃないかって。聖女の役割は大きいが、それだけ負担もかかることになる」

「大丈夫です。自分の疲労くらいコントロールできますよ。王国にいたときのように、無理やり働かされているわけでもありませんから。……それに、私はルベルジュ公爵領の民を救ってさしあげたいのです。故郷が徐々に死んでいく様を見るのは、とてもつらいことでしょう」


義務ではなく本心で。

私は自分の力で救える民は救いたいと思う。

別に、王国にいたころはこんなこと感じなかったけれど……帝国に来て聖女の仕事をしているうちに、そう思うようになった。


グリムは私の言葉を聞いて、満足そうに頷いた。


「エムザラの意思なら尊重しよう。しかし……驚いたな、君が公爵になる決断をするとは」


私が帝国貴族となること。

その話を切り出された瞬間、グリムに計画を打ち明けるいい機会だと思った。


「あの、グリム。グリムは、その……あまり宮廷には居たくないのですよね?」

「そうだな。アトロや、俺を邪険にする派閥とよく遭遇するから……あまり宮廷周辺では暮らしたくない。いつ殺されるかわかったものじゃないし。

 ……自分が暗殺者をしていた以上、殺されても文句は言えないが」


グリムは自嘲するように笑う。

彼はよく、こうして自虐的な笑みを浮かべる。

私はそんな彼の表情を、できるだけなくしてあげたいと思う。

心から笑えるように……グリムが私に笑顔を取り戻そうとしてくれるように。


「それなら、私がルベルジュ公爵位を賜った暁には……私のそばで暮らしませんか?」


私の提案に彼は目を丸くした。


「そ、それは……告白なのか?」

「あ、えっと……いえ、あの……」


告白。

私はグリムが幸せに暮らす先を提供しようと思っただけだ。

でも、今の提案は告白のようにも捉えられかねない。

言ったあとに気づいてしまった。


赤面して俯く私に対して、グリムは優しく言葉をかけた。


「告白かどうかは置いておいて、君の提案は嬉しいよ。これからもエムザラのそばで生きられるなら、俺にとってこれ以上の喜びはない。前向きに考えさせてもらうよ」

「……! はい、お願いします」


私としても、彼が一緒にいてくれたら安心できる。

叶うことなら、ずっと一緒に……


「さて、そろそろ時間だ。まずは現地……ルベルジュ公爵領に向かうとしよう」


……そうだ、まずは公爵領を浄化しないと。


私は未来への夢想を断ち、ひとまず目の前の問題に対処することにした。


 ***


ルベルジュ公爵領の一角に、避難民が集まる屋敷があった。

私とグリム、リアナはそこを訪れて真っ先にペドロ侯爵と面会する。


ペドロ侯爵は痩せ身の中年男性で、目の下のクマが印象に残った。

よほど疲れているのだろう。


彼は私を見ると、疲労の濃い顔でも応対用の笑顔を浮かべる。


「おおっ、聖女様! よくぞ来てくださいました!」

「聖女エムザラ・エイルと申します。よろしくお願いいたします」

「ささ、どうぞこちらへお座りください。グリム殿下も、どうぞ」


私はペドロ侯爵から現状を聞く。

おおむね私が調査した通りの話だ。


「……とまあ、こんな感じですな。非常に逼迫しておりまして、前領主が逃げ出したのも理解できてしまうほどに。まあ、民の心情を思えば許されたことではありませんが」


惨憺たる状況だ。

そして、この現状は私にしか解決できない。


「私が瘴気をすべて払います。次期領主として、恥じぬ成果を出してみせましょう」

「おお、なんと心強いお言葉! 何か手伝えることがあれば、私も全力で支援させていただきますぞ!」


手伝えることといえば、私が順調に瘴気を払えるように環境を整えてほしいが……その前に。

まず最優先ですべきことがある。


「ペドロ侯爵様。まずは瘴気に追われ、避難してきた人々と話をさせていただけませんか?」


私の要求にペドロ侯爵は驚いたように顔を上げた。

しかし、動揺せずに頷く。


「もちろんです。民のことを第一に考えるとは、なんと慈悲深いお心をお待ちなのでしょうか。どうか、民の嘆きをお聞き届けください」


実際の苦難を聞かねばならない。

ただ瘴気を浄化するだけではなく、どのように復興していきたいのか……それも考えなくてはならないから。


私はルベルジュ公爵領を追われた民たちに話を聞きに行った。

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