表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/35

16. 夢うつつ

宮殿内は迷路のように広い。

そのうち慣れるだろうが、しばらく難儀しそうだ。

ひと通り部屋の視察を終えた私とリアナは、広間でグリムと話をしていた。


「選んだ侍従の中に、何人か監視役を忍ばせている。怪しい動きをする者がいたら、俺に報告するように言ってあるから安心してくれ」

「はい。しかし、どこに言っても確たる安全がないのは大変ですね。聖女に生まれた宿命でしょうか」

「エムザラ様はわたしがお守りします!」

「頼りにしていますね、リアナさん」


とにかく、王国にいるよりは格段に安全性が向上した。

帝国での振る舞いをどうするか、爵位を賜るかなども考えていかないと……


「ここまでずっと命を狙われる心労を背負ってきたんだ。当面は宮殿で休んでくれ。折を見て聖女の仕事もしていこう」


私が多くの煩悶を抱えるなか、グリムは労いの言葉をかけてくれる。

個人的には、一刻も早く瘴気は払うべきだと思う。

民のことを考えるなら、あまりゆっくりしている余裕はない。


「一部の瘴気は放置しておくと急速に拡大していきます。他の仕事はともかく、瘴気に関しては早めの対処をすべきかと」

「ふむ……専門家のエムザラが言うなら間違いないんだろうな。わかった、瘴気については迅速に仕事を手配しよう」

「ただ待っているというのも暇ですし、何かお手伝いできる政務などがあれば言ってくださいね。一応、王国では領地経営もやっていましたから」

「君には頭が上がらないな……負担にならない範囲でお願いするよ。わからないことがあれば、文官に聞いてくれ」


グリムはそう言うと、話も早々に立ち上がる。

それから彼は、めんどくさそうに立てかけてあったマントを羽織った。


「どちらへ?」

「父上……皇帝陛下に顔を出せと言われていてね。これから皇帝陛下にお叱りを受けて、第二皇子から嫌味を言われて、大臣に諌められて、それから……」


……すごく大変そうだ。

とはいえ、皇帝陛下の気持ちもわかる。

皇子が外国に忍び込んで密偵なんてしていたら、外交問題に発展しそうで気が気でないだろう。


私を救出したから、もう密偵をするつもりはないとグリムは語っていたが。


「つらいときは言ってくださいね。私なんかでお力になれるかは疑問ですが……」

「むしろ俺の憩いは君だけだよ。帰ったら君の顔を見て癒されたい」

「私でよろしければ、いつでも」


怠そうに出かけるグリムを見送り、私は何をしようかと思案する。

というか、眠いかもしれない……長時間の馬車旅で私も疲れているみたいだ。


「リアナさん、私は眠いみたいです。少し自室でお休みしてもよいですか?」

「もちろんですよ。皇室のベッドってすごく気持ちよさそうですね……見に行ってみましょう!」


私は新たな寝室に向かい、就寝準備を始めた。

事前の予想どおり、皇室のベッドはとても快適で……深く、深く眠りに沈んでいった。


 ***


夢。

夢を覚えていることはあまりない。

別に聖女だから予知夢を見るとか、そういう力もなくて……私は安らかに眠れる、はずだった。



「気味の悪い人形め……! これ以上、私の顔に泥を塗ってくれるな!」


ゼパルグ殿下の罵倒が聞こえた。

いつものことだ。

婚約者だろうと関係ない。

私はずっと罵声を浴びせられ、社交の場で冷たい視線を受けて育ってきた。


「ねえ、お姉様? そんなに楽しくなさそうなのに、お姉様ってどうして生きてるんだっけ? ああ、聖女とかいうお役目があるから生きてるんだったわね!」


ベリスの嘲笑が聞こえた。

慣れている。

妹にすら見下される日々。

私は聖女として国に求められているのに、どうして妹の方が楽しそうに生きているのだろう。

そんな疑問はとうに捨て去った。


「エムザラ、お前はエイル家の希望だ! いいか、お前は何がなんでも殿下と結婚するのだぞ?」


お父様の命令が聞こえた。

知っている。

私はエイル家の財産だ。

そこに親子の情は感じられず、ただ金の塊として私を見るような目があった。

令嬢として生まれた宿命だ。



何もかも礼儀正しく、言われたとおりに。

自分の意思は必要ない。


そうして一生を終えるのだと思っていた。

なのに、それなのに。



「……俺と来い。俺が君を幸せにしてやる」


暗闇の中、一筋の光が射した。

とっくに見失ったはずの温もり。

あたたかい日差しのような。


私は……まっすぐに光の方へ走っていく。

後ろからまず闇の手が伸びてきて、今にも捕まってしまいそう。


早く、早く逃げて……!

早く逃げないと、彼のもとにたどり着けない……!


 ***


「っ!?」


目を覚ます。

窓の外は夕焼けで染まっている。


夢……嫌な夢だった。

もう思い出したくないのに、どうして夢を見て想起してしまうのか。


いつか安らかに眠れる日は来るのだろうか。

痛む頭を抑えて身を起こす。


「…………」


このままベッドに潜っても眠れないだろう。

少し、出歩こうかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ