15. 閉ざされた過去
バルトロメイ殿下の頼みを承諾した後、私は王国での聖女の扱いについて話した。
殿下の反応を見る限り、よほど聖女は軽んじられていたらしい。
私が言われるがままだったのも、聖女が軽く見られていた要因だと思う。
バルトロメイ殿下はひとしきり話を聞いた後、帝国における私の待遇について話しだす。
「そういえば、こんな話もしていましたね。聖女様に公爵位を叙爵すると。諸侯や皇帝陛下も賛成のようですが……聖女様としてはいかがでしょうか?」
「事前にお話を通してもらったように、まだ決めかねているのです。そもそも、私などに分配する領地があるのですか?」
「ええ。瘴気によって退去を余儀なくされた領地が。その土地の領主は真っ先に逃げ出したことで領民からの反感を買い、失踪しました。聖女様が故郷を取り戻してくださるのならば領民も納得するでしょう。
……しかし、決断を急ぐようなものでもありません。瘴気はできるだけ早く払っていただきたいですがね」
瘴気の問題は深刻だ。
私にしか払えない問題ならば、なおさらのこと。
早急に解決する必要があるだろう。
「当面は空いている宮殿のひとつをお使いください。数年前に亡くなった祖父母の宮殿がございます。グリム、案内を頼めるか?」
「ああ。侍従は俺からつけさせてもらう」
「ははっ……お前はまだ私を警戒しているのか。別に構わんぞ」
「別にバルトロメイを信頼していないわけじゃない。だが、あなたの配下は信用していない。……過去を見れば火を見るよりも明らかだろう」
「……そうだな」
なんだか気まずい沈黙が流れた。
二人はどういう関係なのだろう……?
グリムは不敬とも取られかねない態度を、バルトロメイ殿下に見せているが……。
数秒の沈黙を破ったのはバルトロメイ殿下だった。
少し重苦しい音色で彼は言葉を紡ぐ。
「お前はいつまで『密偵ごっこ』をしているつもりだ、グリム」
「ごっこ、ね。こうして聖女を連れてきたわけだから、遊び扱いされては困るな。俺がどこで死のうが、どれだけ危険に身を晒そうが、外国で野垂れ死のうが、あなたにとっては何も被害はない。むしろ目障りな奴が減って助かるはずだ。
そうだろう……兄上?」
あに、うえ……?
グリムが、バルトロメイ殿下の弟……?
「そんなことはない。私は……!」
「とにかく、エムザラは俺が案内するよ。バルトロメイは忙しいだろう。……こっちだ」
グリムは私の手を引いて部屋から出て行く。
これ以上、話をする必要はないと言わんばかりに。
しばし無言のまま歩き、バルトロメイ殿下の宮殿から出たところでグリムはため息をついた。
「これから君が過ごす宮殿に案内するよ。リアナも連れて行こう。長年使われていない宮殿だが、掃除は毎日されている。あとは侍従をどうするかな……」
「グリム。……言いたくないのですね?」
私が尋ねると、グリムはようやく歩みを止めた。
諦めたようにかぶりを振り、彼は聳え立つ城を眺める。
「……いや、言うよ。君に隠し事なんてしたくないから。
俺……グリム・レクタリアは帝国の第三皇子だ。笑えるだろう? 仮にも皇子が外国で人殺しをしていたなんて」
暗殺者をしていたことよりも……どうしてそんな危険な職に就いていたのかが気になる。
そんなこと、周囲の者が許すのだろうか?
「笑いませんよ。何か事情があったのでしょう?」
「そうだな。君に救われたあの日……俺は王国に潜み、君を助けることに決めた。今日という日をずっと待っていた。助けるのが遅くなって申し訳ないと思う。ゼパルグ王子が暗殺を命じなければ、エムザラを帝国に連れ出す口実が作れなかった」
「いいえ、嬉しいですよ。私を助けてくれてありがとうございます。ですが……どうしてそんな危険な真似をしたのですか? 私を助けるにしても、信頼できる密偵などを雇えばよかったのでは?」
気になることを純粋に投げかけた。
もしかしたら、その些細な問いが彼を傷つけるかもしれないのに。
私の無垢な問いに、グリムは苦笑して答えた。
「信頼できる密偵……そんな人がいなかったから、俺自身が密偵になったんだよ。この皇宮に俺の味方はいない。継承権がずっと低い第三皇子の味方など、ほとんどいないさ。味方にも裏切られるくらい、ね」
グリムは継承権が低い……たしかに、兄が二人もいるならば継承の望みは薄いだろう。
それでも皇族だ。
少なからず味方や忠臣はいてもいいと思うのだが……。
「俺についての話は面白くないよ。過去の話よりも、これからの話をしよう。エムザラが過ごす第六宮殿は、俺の第五宮殿の隣にある。ほら……アレだ」
グリムが示した先には、水色の屋根の宮殿があった。
左隣には赤色、右隣には黄土色の宮殿がある。
左がグリムの宮殿で、右は使われていないらしい。
私の実家の三倍くらいある……掃除が大変そうだ。
「とりあえずリアナを呼んでこよう。というか、俺もしばらく君の宮殿で過ごそうかな?」
「え……よ、よろしいのですか?」
「普通に心配だし……君から目を離したくない。なにかと聖女を珍しがって、見物にくる連中も追い払わないといけないし」
「はい。ぜひお傍にいてください」
「ありがとう。さあ、行こう」
実家から離れて、ロックス伯家で過ごし、そして帝国の宮殿まで来てしまった。
どんどん世界が広がっていく。
私はわずかな期待を覚えて、次の住居に足を踏み入れた。




